表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/120

嫁たちの行方


 静かな保健室。

 隣では一紗が寝ている。


 さて、もう少しつぐみたちと話をしておくか。


「やはり私たちの異世界転移とその時間にいた場所とは相関関係にあるようだ。陽菜乃が転移した場所は、バイロン氏の宿までの距離とおおよそは同じ程度だったと思う」

「転移前の距離で転移時の場所が決まる……か。とりあえず、他の子がどこにいるかまとめておく必要があるよな。俺がホワイトボードに書き出してみるよ。補足があったら言ってくれ」


 俺は保健室のホワイトボードに情報をまとめた。


 ここで俺たちの知る限りの情報を記す。

 嫁たちがどこにいたか、という内容だ。


・国内

 子猫、近くの市場で買い出し。

 ミカエラ、城の近くで天界からの訪問者に応対中。


・国外

 美織、隣国マルクト王国の村へ復興支援。

 ひより、美織に同行。

 咲、マルクト王国の国王を訪問中。

 月夜、咲とともにマルクト王国に出張中。


 不明。

 小鳥、武者修行中?

 亞里亞、布教の旅。


 と、こんなところか。


「ミカエラさんはもともと向こうの世界の住人だから、もしかするといないかもしれないな」

「やっかいなのは亞里亞と咲か。二人とも戦闘能力がないからな。もしも魔族と遭遇したら……」


 その先は、考えるだけで恐ろしい。


「子猫は陽菜乃と同様に家を訪問してみたのだが、見当たらなかった。同じように近くにいるかと思ったが、大声で呼びかけるのは控えておいた」

「それが懸命だな」


 俺はこれまで体験した出来事を思い出す。

 魔族、そして加藤配下の危険人物たち。大声を出せばそいつらを呼び寄せてしまうことになる。


「俺が子猫ならまず家に向かうと思うんだけどな……。家に書置きでもしておくか?」

「もしかすると子猫は……別のところに向かっているかもしれない」

「何か手掛かりでもあったのか? つぐみ」


 つぐみは懐から一枚の紙を取り出した。

 何かのビラだ。


「ここから先にある大通り、そこを東に進んだ先に、宗教団体の施設があったのを覚えているか?」

「ああ……、うちにも何度か勧誘に来たことがあったな。俺も両親も興味がないから、いつもスルーしてたけど。子猫は信者だったのか? そこにいるのか?」


 宗教施設、と言ってもキリストの教会や仏教の寺院みたいにいかにもな建物じゃない。どこにでもある普通のオフィスや役所のような形をした四角い建物だ。キリスト教系の団体で、中に入れば礼拝堂みたいな感じになっているらしいが。


「この状況でその宗教団体は活動していないようだが、別の団体が使っているみたいでな」

 

 よくよくビラを見てみると、俺が知っている宗教団体と名前が違った。なんだか女の子の黄金像が中心に印刷されている。この黄金像が神なんだろうか。

 この像……どこかで見たような。気のせいか?


「幸福迷宮救済会?」


 胡散臭い宗教団体だ。


「緊急時の避難所に指定されている小学校に捨てられていたものだ。今はもう誰もいなかったが、しばらく前に人が集まっていた気配があった。日付を見ても、つい最近のものだとわかる」

「日付って、俺たち今が何月何日か分からないだろ?」


 確かにこのビラには集会の日付が印刷されている。しかし俺たちは異世界からやってきたばかりで、今が何月何日か知らないはずなんだが。


「九月一日だ」


 と、つぐみが宣言した。


「根拠は?」

「衛星電波を受信した時計で確認した。時刻も正確だから間違いない」


 その手があったか。

 電気とネットがないとわからないと思っていたんだが、衛星は盲点だったな。


「私が知る限りこんな宗教団体は近所にいなかったはずだ。おそらく、社会不安に乗じて生まれた宗教なのだろうな」+

「子猫も不安になってそこに向かったってことか?」

「子猫の家にこのビラが置かれていたからだ。本人に入信の意思がなくても、両親のことを気にしていたのかもしれない。あるいは……私たちのように誰かに助けを求めようとしたかだ」


 両親がこの宗教に入っているのか入っていないのかは分からない。しかし気になった子猫がそこに向かう……という可能性は十分になる。

 いるかいないかは微妙なところだが、訪ねてみる根拠は理解した。


「わかった、俺が行こう」


 この役目は俺がやるべきだ。


「正直、俺、この世界のこと舐めてた。普通の人間だからとか、元の世界だからとか、日本だからとか思って安全だって思ってた。でもそのせいで……一紗が犠牲になったんだ」


 俺も一紗も……もっと警戒していればよかったんだ。


「もう油断はしない。聖剣だって持ってきてるからな。たとえ相手が魔族でも、負ける心配はないはずだ」

 

 一本一本で強力な力を持つ聖剣・魔剣。それらを扱うことのできる者は、異世界においてもかなり強い部類だ。

 俺、一紗、ついでにエリナは聖剣・魔剣を使うことができる。本来であれば一般人に負けるはずがないのだ。


「リスクを負わないと情報は得られない。子猫がもし悲惨な目に会ってるなら、俺はそれを助けなきゃいけないんだ。家族として……生まれてくる子供のためにも」


 子猫も妊娠している。

 放っておくことなんか……できない。 


「ここから歩いて二時間程度か?」


 普通の現代人なら弱音をあげてしまうかもしれないが、俺は異世界で鍛えられた帰還者だ。一時間や二時間程度…というか丸一日歩いていても全く問題ない。野宿だって経験済みだ。


「私の家から自転車を持ってきている。使ってくれ」

「おお……」


 そういえば、自転車のことをすっかり忘れてたな。向こうの世界じゃ徒歩か馬の二択だった。頭の中を切り替えていかないと、思わぬところでバカを見るかもしれない。


「すぐに行くのか?」

「ああ、子猫がいるなら早い方がいいだろ? その前にやることはやっておくけどな。乃蒼、一紗の件頼めるか?」

「聖剣の話?」


 と、一紗の様子を見ていた乃蒼が、俺に近づいてきた。


 聖剣ハイルング、と呼ばれる癒しの剣の話だ。

 実は乃蒼は、その剣に変身することができる。


 聖剣・魔剣というのはもともと人間なのだ。とある魔族の魔法によって、特殊な剣へと変えられている。

 通常は剣になったらもう二度と元に戻ることはないのだが、乃蒼は特別だった。その癒しの力で自らを治し、再び人間に戻ることができた。

 乃蒼の件から分かるように、この癒しの能力は状態異常にも効く。以前毒を飲まされた時にも全員回復することができた。


 一紗もこれで治るはずだ。

 

解放リリース、聖剣ハイルング」


 聖剣の姿になった乃蒼を掴み、俺が能力を発動する。

 アロマオイルのような香りを含んだ緑色の風が、一紗を包み込む。見た目に変化はないが、これで中の毒薬は抜けてくれるはずだ。


「一紗のほうはこれで大丈夫だ。しばらくしたら目が覚めると思うから、事情を説明しておいてくれ」

「分かった」

「乃蒼は連れていく。子猫がけがをしていたら困るからな」


 例の不法集団に襲われてないといいんだが……。


 まさか、元の世界に戻っても戦うことになるなんてな。

 こんなことなら雫の矢やりんごの杖も持ってくればよかった。武装のことなんて全く考えてなかったからな。俺の聖剣・魔剣は全くの偶然だった。


 ともかく、一紗がダウンした今、俺が頑張るしかないな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ