御影新のやり直し③
その後、僕は普段通りの生活を心がけた。
いつものように授業を受けて、黙って家に帰って、時々加藤君にいじめれて。決して面白くない、苦々しい日常だ。
スキルを使うためのバッジはないからね。今の時点で加藤君に逆らうことはできない。それに彼は今の時点で、魔王とも貴族ともつながりがある状態だ。あまり心証を悪くするとよくないことが起きるかもしれない。
平常心、平常心。
辛い日々を耐えながら、僕は運命の日を迎えた。
忘れもしない。
僕が、異世界転移を果たした日だった。
「おらっおらっ!」
この日、僕は加藤君にいじめられていた。
きっかけは何だったんだろう? 明日発売する漫画のことを考えていたのか、それとも乃蒼との未来を妄想していたのかは分からない。僕は例によって独り言を口にしていたらしく、加藤君はそれを目ざとく見つけて暴力が始まった。
当時を再現するため、僕は好きな漫画のタイトルをぼそぼそと口走り、過去経験していたように加藤君からいじめられることとなった。
ここにいるのは僕、加藤君、そして――
「止めろっ!」
いじめられる僕を見かねて、止めようとする園田君。
そしてこちらの様子をじっと見守る時任君。
あの時の構図、そのままだ。
さあ魔王さん、貴族の皆。
今。すべての条件は整ったっ!
僕たちを異世界へと導いてよっ!
世界を変える僕の大冒険は、今日、ここから始まるんだっ!
ふふ……ふひひひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。
「…………」
「おらああああああっ!」
「う……ぐ……」
…………え?
あ……あれ?
な、なんで……?
覚えてる。僕は確かに覚えてるんだ。今、このタイミングで僕は異世界転移したはずだった! 絶対に間違えるはずがないっ! 足元に光り輝く魔法陣が現れて……僕たち四人は異世界に召喚されたんだ。
なのにどうして、魔法陣が出てこないんだ? 僕は日付を一日間違えて覚えていたのかな?
「情けねぇ奴だなおい。こんなに蹴られて、馬鹿にされて、文句の一つもねぇのかよ」
しまった。
どうやら加藤君を怒らせてしまったらしい。悩みすぎていたせいで何も反応しなかったからだ。
異世界のことを考えていてにやついている僕。それは加藤君の気に障る構図そのものだった。
「少しは男気見せて反抗してみせろよっ! いつまで気持ち悪ぃままなんだお前はっ!」
「がはっ!」
僕は加藤君に蹴られた。
これまでの背中を適当に蹴られているような感じではない。激しく、強く、僕の体そのものが浮き上がるレベルの勢いをつけた一撃だった。
華奢な僕はなすすべもなく吹き飛ばされ、廊下に放り出された。
い……痛い。
いくら何でもあんまりじゃないかな? こんなに激しく蹴られたのは初めてだよ。どこかの骨が折れてなければいいんだけど。
「か、加藤君。いくらなんでもあんまり……」
普段口に出さないような文句を、加藤君に言おうとして……気が付いた。
魔法陣が出現した。
加藤君と園田君と時任君の下に。
「え……」
僕は焦った。
加藤君に蹴られたせいで、僕は魔法陣の外に出ていた。このままじゃあ、異世界転移の魔法から除外されてしまう。
ま、まずいっ! あの中に入らなきゃっ!
「ま、待ってよっ! 僕もっ!」
僕は駆け出した。
魔法陣は激しく発光を始め、僕以外の三人はその眩さに耐えられず目を閉じていた。
だ、駄目だ! もうみんなの姿が消えそうになっている。異世界転移が始まってるんだ!
「う……うああああああああああああああああああああっ!」
僕は涙を流しながら叫んだ。
何のために今まで加藤君に蹴られてきたんだ? 僕の輝かしい未来は? 佐奈ちゃんやリンカちゃんとの夢のような時間は?
ここで異世界転移できなければ、僕に……未来はない。
光り輝く魔法陣に、僕が足を踏み入れたその瞬間――
「う……嘘だ」
魔法陣が……消えた。
目の前にいたはずの加藤君たち三人も、一緒にいなくなっていた。
「あ……あああぁ……あああああああああああああああああああああっ!」
ゲームオーバーだ。
僕は失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。
未来の知識?
チートスキル?
そんなものは何の意味もない。このイベントの逃した僕には……もう暗い未来しか存在しない。
僕は地面を何度もひっかいた。
今、ここが光ってたはずなんだ。僕たち四人は確かに異世界転移したはずだったのに。
「魔王さあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
僕は叫んだ。
「聞いてるんだろ魔王さん! フェリクス公爵でも賢者様でもいい! 僕が残されてるよ! 知ってるんでしょ! 僕のチートスキルがないと困るでしょ! ねえ、早くそっちに連れてってよ! 僕の力で下条匠なんてすぐに殺せるからさ!」
わらにも縋る思いで呼びかける。
賢者様が水晶を見ていれば。あるいは魔王さんが不思議な魔法でこの声に気が付いてくれたら……。そう思って必死に声を出した。
でも……何も、起きなかった。
「どうしてだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! なんで魔法陣が出てこないんだよっ! 僕がいないと大変なことになるんだよおおおおおおっ! 三人のスキルじゃ下条匠に勝てないのに……う……ううぅ」
涙を抑えることができなかった。
硬い床を掻きむしった爪が、ぼろぼろになってきてている。剥がれかけて血が滲んできて、痛みもでてきた。
でも、僕はそれを止めることができなかった。
「ちくしょううううううううううううううううううっ! なんでこんなことに! 僕は前回の世界と同じように加藤君にいじめられて、受けたくもない授業を受けて、それなのにどうしええええええええええええええっ!」
無人の教室に、僕の嘆きか木霊した。
裁きの時が来た。




