御影新のやり直し②
僕は過去への戻ってきた。
タイムリープは成功したんだ。
「おらっ!」
加藤君がまた背中を蹴った。
痛い。
けどどれだけ加藤君に背中を蹴られていても、全く気にならない。
気の持ちようは大切だ。
以前の僕なら終わりのないいじめに絶望して、妄想の世界に逃げ込んでいた。加藤君の癇に障るらしい独り言も、大好きだった乃蒼と結ばれる空想の産物。『乃蒼』、なんて呼び捨てで彼女のことを呼んでいたこともある。
だけど今の僕は違う。
輝かしい未来を知っている。たとえどれだけ体が弱くても、僕には最強のスキルと未来の知識があるんだっ!
「ふひ」
「ああん?」
「ふひひひひひひひひひひひひひひひっ!」
僕は笑った。
笑わずにはいられなかった。
背中はずっと痛いけど、僕は過去に戻ることができたんだ。まるで物語の主人公のように。
「ひひひっひひひははははははははははははははははあははあははははははははっ! やった、やったぞ! 僕はやったんだっ」
「な、なんだこいつ。突然笑い始めやがって、気持ち悪い奴だな。」
「ひひひひひひひひひひいひ」
「す……少し蹴りすぎちまったか? ……き、今日はこの程度にしておいてやる」
雑魚っぽい捨て台詞を吐いて、加藤君は逃げるように立ち去っていった。
こんな風に追い返すこともできるんだね。今まで経験したことないから、新鮮だ。
……さて。
過去に戻れたことは確実だ。
だが、いつに戻ってきたのかが重要。
僕、御影新はこの学園に入学してから、すぐに加藤君にいじめられることになった。今日みたいに蹴られて蹲っていることは日常茶飯事。つまり加藤君にいじめられていたというだけでは、どの時期かを特定するのが難しいのだ。
少なくとも中学生までは戻っていないし、魔族がやってきたわけでもない。
この時期、異世界関係の重要なイベントを考える必要があるよね。
えっと……まず。
まず、クラスの女子全員と下条匠が異世界に召喚される。
次に、加藤君が異世界に召喚されるけど、下条匠に負けてすぐに戻ってくる。
そして加藤君と僕を含む四人が異世界に召喚される。
最後に僕たち四人が再びこの世界に戻ってきて、僕のスキルで魔王が蘇る。
僕はスキルを手に入れてから加藤君にいじめられなくなった。しかもこの世界に戻ってきてから、加藤君も僕も学園へは通わなくなった。だから僕が今いるこの時期は……大きく分けて三つの可能性がある。
下条君もクラスの女子も異世界に召喚されていない時期。
下条君とクラスの女子が異世界に召喚され、加藤君がまだ召喚されていない時期。
下条君とクラス女子が異世界に召喚され、加藤君も一度召喚されたことがある時期。
できれば始めからやり直したいから、まだ誰も異世界召喚されてない時期だといいんだけどな。下条君を追い出して僕が唯一の男子として異世界転移。夢のようなハーレム主人公だね。
加藤君の異世界転移に割り込めれば及第点。加藤君には悪いけど、強いスキルを与えて調子に乗らせたくないんだよね。僕のハーレムを作れば邪魔をしてきそうでもある。早めに貴族さんたちを説得して、追放しておいた方がいいかもしれない。
最悪、僕の経験した過去と同じように四人一緒に召喚されてもいい。今回の僕はクロノ・リープ以外のスキルをうまく調整できているから、向こうに付けば即座に行動を起こせる。奇襲してしまえば、あの時のように下条匠に倒されてしまうことはない。
そう、何も問題ないんだ。
たとえどの時点であったとしても、記憶をもって過去へ戻れた時点で僕の勝利はゆるぎない。
加藤君から解放されたのち、僕は教室へと戻った。
今が何月何日の何分か分からなかったからだ。普通の人ならスマホを見ている状況かもしれないけど、僕はそれを持っていない。以前加藤君に遊びで壊されてしまって以来、学園にスマホを持ってこないようにしているのだ。
不便だけど、いじめられているからこれぐらいの気づかいは当然。壊されるだけならまだしも、悪用されればさらに厄介だからね。
教室に入ると、すぐ違和感に気が付いた。
これは……。
教室の時計は一時前。おそらくもうすぐ午後の授業が始まる。だからさぼり癖の強い加藤君を除いて、クラスメイトのほとんどがそろっていないといけない。
だけど今、この教室に生徒は多くない。『半数』の席は空いたままだ。
「……一紗、匠、どこにいるんだよ」
「優、焦っても仕方ないさ。今、俺たちにできることは、この教室で授業を受けることだけだ」
嘆く園田優君。それを慰める時任春樹君。
これは……決定的だ。
この世界では、すでに下条匠とクラスの女子たちが異世界転移している。
クラスの女子全員+下条匠の異世界転移は、この世界において集団失踪事件として認識されている。だから教室には使われない席が半数だけ残ったままだった。この時の非日常で暗い雰囲気は、今もまだ記憶に新しい。
僕は自分の机に戻って顔を伏せた。
寝ているわけではない。
近くで喋っている園田君と時任君の声に、耳を傾けているのだ。
「……やっぱりさ、この間加藤が言ってた話。関係あるのかな?」
「何の話かね?」
「匠と一紗がさ、その、異世界で結ばれてる……」
「優、落ち着きたまえ。あれは加藤の嘘だ。ああやって一紗や匠の名前を出して、君の反応を楽しんでいるだけだ」
どうやらこの世界では加藤君がすでに異世界転移を果たしているようだ。彼は下条君に負けてここに戻ってきたから、スキルに必要なバッジを持っていない。力を使えずストレスばかり溜まっていたから、ああやって園田君に八つ当たりをして楽しんでいたのだ。
当時は真っ赤な嘘に聞こえたこの言葉も、今となっては冗談と笑えない。
彼がバッチを持っていたら、隙を見て奪う作戦も考えたんだけどね。世界の時間を逆行させた今、僕は未来で持っていたものを何一つ持っていないのだから。
「…………」
事実が分かるにつれ、僕は急速に心が冷えてくのを感じた。
クラスの女子、そして加藤君が異世界転移したという事実は、ある一つの重要な結果を示してる。
乃蒼は……処女じゃない。
時期的にも、もう下条匠と結ばれている。それどころか下手をすればお腹に子供がいるかもしれない。
あーあ、失望だな。
下条君にはお前のハーレム奪ってやるって言ったけど、非処女のビッチはいらないや。あいつに抱かれたとき、乃蒼はもう死んだんだ。今残っているのは、かつて乃蒼だったただの淫乱。「匠君の〇〇〇だーいすき♡♡♡♡」、ってアヘ顔ダブルピース。考えるだけでも吐き気がしてくる。
まあ僕は輝かしい未来を知っている。世界の女の子は乃蒼だけじゃない。あんな女のことは忘れて、新しい人生を謳歌するんだ。




