御影の失望
ラブホテル、とある一室にて。
俺と御影の死闘が続いている。
俺は御影の腕を切り落とし、そのままの状態で奴に密着している。片手に持った盾……〈アイギス〉はスキルを封じるアイテムであり、これがあれば奴は時間操作能力を俺に使うことができず、自分自身にも使うことができない。
このままの状態を維持すれば、御影は出血多量で死ぬ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」
自らの運命に絶望したのだろうか、御影が聞いたことのないような悲鳴を上げた。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「それは俺がお前に言いたい台詞だ」
人の娘をなんだと思ってるんだ。こいつは……。
「……僕は失望したっ!」
「だから何だよ」
「リンカちゃんを奪われ。乃蒼を奪われ。加藤君にいじめられて! どうして僕はこんなに失敗ばかりしてるんだ! 君は異世界でハーレム作って腰振って楽しく愉快に人生満喫してるのに、どうして僕はこんなにみじめで不幸なんだっ! どうして僕が異世界転移しなかった? どうして僕が異世界の英雄になれなかった?」
「言いたいこと言いやがって。こっちの苦労も知らないで……よくそんなわがままほざけるなっ! 人の娘を奪おうとしたり、乃蒼の気持ちも考えないで勝手に嫁扱いか? 間違ってるのは俺じゃなくてお前なんだよっ! いい加減自覚しろっ!」
「ふひ、ふひひひひひひひ……。そ、そうだね、全部君の言う通りさ。すべて……僕が間違ってたんだ」
突然、暗い口調になった御影を見て、俺は不気味な何かを感じ取った。それは自暴自棄とか、断末魔の叫びではなく、むしろ何かを企む悪役のようで……。
こいつ、まさか……何かするつもりなのか?
この絶体絶命の状況で、起死回生の一手を打てるっていうのか?
「間違えは正さなくちゃならない。認めなきゃいけないんだ。僕は今、間違いを認めなきゃならないほどに追い詰められてるって」
「間違えを正したいなら、そのままおとなしく死んでくれ。それが俺を含めた被害者への……唯一の贖罪だ」
「いいや違うね! 変るのは僕じゃない! 変えるのは……」
「…………」
「『世界』っ!」
「せ……世界だと」
こいつは何を言ってるんだ?
自分のスキルで世界を変える? 御影の能力は時間操作だから、その能力で世界を変えるってことは……つまり。
「世界の時間を操作する? 未来……いや過去か? 過去の戻す? いや、単純に過去に戻すだけじゃあ意味がないよな。自分以外を、もしくは記憶だけでも保持したまま世界を過去に戻す? タイムリープみたいな、そんなことをしようってことか?」
「察しがいいね。その通りだよ! 僕は過去に戻って、このみじめな展開を変えてやるよ! やり直しだ!」
やり直し?
どこかの小説や漫画みたいに、過去に戻ってすべてをやり直そうっていうのか?
「馬鹿なっ!」
俺は思わずそう叫んでしまった。
ありえない。
こいつがそんな力を持っているはずがないのだ。
「お前はこれまで何度か思い通りにいかないことがあったはずだ! なのになぜそのスキルを使わなかった! 時間を思い通りに巻き戻せるなら、乃蒼の件だって加藤にいじめられてた過去だって、全部なかったことにできるはずなのに! そんな力ははったりだ! 俺から逃れるための言い訳だ! そうだろ?」
「思い通りに巻き戻せないからだよっ!」
嘘であってほしかった。
だから、御影には反論して欲しくなかった。
それなのに……。
「君は知らないかもしれないけどね、僕のスキルはとてもデリケートなんだ! だから練習もしてない技を、軽い気持ちで使ったりなんかできない!」
「……だったら、どうして練習しなかったんだ?」
「……一度だけ」
と、御影が言った。
「一度だけ、世界の時間を巻き戻したことがあるんだ」
「なん……だと……」
すでに御影によって世界の時間は巻き戻されているのか? そんな話は初耳だ。
「試しに、五秒か十秒程度過去に戻るつもりだった。できる限り小さく、それでも世界に干渉できるように大きく力を出した。それなのに僕は、一日前に戻っていたんだ。まだ、貴族さんたちと一緒にスキルを練習していたころの話だ」
「…………」
俺は言葉を失った。
かつて、異世界で御影と戦った時のことを思い出す。
乃蒼が御影のスキルをその身に受けてしまい、妊娠が発覚してしまった事件だ。
それは、御影にとって明らかに誤算だった。当時の奴はまだ乃蒼に惚れており、彼女を傷つけるつもりはなかった。処女だと信じて疑っていなかったのだから、妊娠しているかどうか調べるつもりもなかったように見えた。
俺が少し刺激を与えただけで、スキルの調節を誤り乃蒼の時間を進めてしまった。
結果としてショックが大きすぎてその後暴走してしまったわけだが、もし、あの時乃蒼がスキルを受けなければ、御影の痛ましい暴走だって起きなかったはずだ。
あの件は、スキル調整の難しさを端的に表した事件だと思う。そもそもこいつは異世界に来てから俺たちのところに現れるまで、かなりの時間が経過していた。それは貴族たちのもとでスキルの練習をしていた結果であり、そうしなければまともに使えない可能性が高いことを示唆している。
「だから僕は安易にその力を使わなかった。下手をすれば僕の存在そのものが消えてしまうかもしれないからね。封印してたんだ。今日、ここで君に追い詰められるまではっ!」
最強のスキルは一歩間違えば諸刃の剣。時間を進め過ぎれば老化が加速し、戻しすぎれば自分の存在そのものを消してしまうかもしれない。
だからこれは、御影にとってもリスクの高い一手。
相応の覚悟がなければやらない。が、成功する可能性のある技だということだ。
「僕は過去に戻ってすべてをやり直す! 異世界転移したのは君じゃなくて僕なんだ。僕はスキルを使ってあっちの世界で英雄になって、君と同じようにハーレムを作るんだ」
「……ば、馬鹿なことを言うな。そんなこと……許せるわけないだろ」
「ふひひひひひひひ、そうだそうだ。君の嫁は全員僕の嫁。異世界でセッ〇スして孕ませて、元の世界に戻ったら、君の目の前に並べて一斉に出産させてやる! 乃蒼も、君の幼馴染のあの金髪も、その友たちたちも、みんなみんな僕の子供で出産アクメだ! ああ、楽しみだなぁ」
「み、御影ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
やはりこいつはここで殺しておかなければならない。
動いてくれ……俺の体。
こいつに……とどめを刺さなきゃならないんだ……。




