気持ち悪い男
加藤を殺した俺はすぐに下の階へと下りた。
ここにエドワードがいる、と事前に話を聞いていたからだ。
例の加藤の話がはったりでなければ、効いていた部屋に捕らわれているはず……なのだが……。
「エドワードっ!」
そこには、ロープでベッドに縛り付けられたエドワードがいた。
猿ぐつわを噛まされているため、悲鳴を上げることもできなかったらしい。
俺はすぐさま剣を使ってエドワードの拘束を解いた。
「許してくれ。お前たちを安全なところに逃がしたつもりだったのに、まさか……こんな結果になってしまうなんて」
「お父様は何も悪くありません。僕がもっと強ければ……こんなことには……」
「…………」
子供なのに、責任を感じているのか?
「体は大丈夫か? 歩けるか?」
「縛られていただけで、問題はありません」
「無理はするなよ。おぶってやろうか?」
「……お父様、僕のことはいいんです。姉さんを助けに行ってください」
「エドワード……」
俺は……少し感動してしまった。
自分だってきっと怖かっただろうに。もっと俺に甘えてくれてもいいのに。
それなのに、行方不明になった姉のことを心配するなんて。俺と同じ気持ちだったなんて。
「親がなくても、子は成長するんだな」
「お父様は僕にたくさんの英雄伝を残してくれました。今、僕がこうして勇気を出せるのもお父様のおかげです」
「いや、いいんだ」
肝心な時にいなかった親なんて……ほめられたもんじゃない。
だから今は、親としてできる最善のことを果たしていきたい。
エドワードと……そして俺の願い通り、リンカを助けに行くんだ。
「つぐみたちは校舎の方で待機してもらっている。場所は分かるか?」
「はい」
「念のため俺の〈操心術〉で操った加藤の配下を一人つけておく。お前のことを護衛するように命じれしてあるから心配ない」
「ありがとうございます」
「それとエドワードは聖剣に対する適性があったよな? 俺の聖剣を一本渡しておくから、何かあったら使ってくれ」
俺は〈籠ノ鞘〉を起動し、異空間から聖剣を一本取り出した。
ごくありきたりな、自然系の刃を生み出す系統のものだ。
「適性が低ければ、使って倒れてしまうこともありえる。慎重に判断してくれ」
「僕は適正が高いので大丈夫です。お父様譲りですよ」
この辺りに野良の魔物がいいたことはないが、念には念を入れておく必要がる。
「それじゃあ行ってくる。リンカは必ず連れて帰ってくるからな」
「お気をつけて」
俺は部屋の窓から飛び降りた。
剣を壁に押し付け、摩擦力で落下の威力を相殺する。そうすればこの高さからでも、地上に降りることができる。
とん、と小気味よい音を立てて俺は地面に着地した。
ケガも何もない。
俺は駆け出した。
待っててくれ、リンカ! いますぐ行くっ!
*********
風俗街、とあるラブホテルにて。
「……ん」
リンカは目を覚ました。
最初は寝ぼけ眼で目を擦っていたリンカだったが、次第に脳が冴え……冷静さを取り戻していく。
魔族の脅威から逃れるため、関西方面に向かったこと。
時任春樹の屋敷で世話になっていたこと。
そして、何者かにさらわれてしまったこと。
「……っ!」
実に迫る脅威を改めて自覚したリンカは、はっとして周囲を見渡した。
見慣れぬ光景だった。
自分はどうやら、明らかに一人用でない大きなベッドで寝ていたらしい。
「……ひぃ」
リンカは思わず悲鳴を漏らしそうになってしまった。
男が、座っていた。
ねっとりとした視線をこちらに向けるそのメガネ男は、近くの椅子に腰かけていた。そして、リンカと目があって口元に笑みを漏らす。
そもそも、リンカが目を擦ってから意識を覚醒させるまで、一分程度は時間があったはずだ。にもかかわらず何も話しかけることなく、ただこちらの様子を舐めまわすようにずっと見つめていた。その事実だけでも、この男には吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えた。
この男を、覚えている。
まだ京都にいたとき、リンカを連れ去った男たちの一人だ。
「はぁはぁはぁはぁ」
男は荒い息のまま、こちらを見つめている。
熱でもあるのか、と疑ってしまうように顔が赤くなっていた。
「あ……あの……」
「はぁはぁはぁ、こ……こんにちは。お名前は、リンカちゃんでいいんだよね」
「は……はい……」
リンカは身震いを覚えた。
「はぁはぁはぁ、僕の名前は御影新。安心して、お兄ちゃんは君のお父さんの知り合いだよ」
安心して、と言われて安心できる状況ではないことは、頭の良いリンカでなくても十分に理解できることだった。
そもそもこの御影新という名前、リンカたちが生まれた異世界においてとても有名であった。
英雄、下条匠にたてついた悪役として。
同じく悪役、加藤達也ととも人類の敵として広く知られている名前。その暴虐さが逆に魅力的とも言えなくもない加藤と違って、この御影という男は大衆の間で全く人気がない。下条匠の活躍をベースとした演劇や絵本においても、救いようのないクズとして描かれている。演劇で御影の役を、と指名された子供が泣いてしまうほどだった。
それでもリンカは、感情を一切配した客観的視点をもって、この御影という男について冷静に考察したことがあった。英雄下条匠の活躍を引き立てるため、あえて醜悪で愚かに描かれているのではないかと。本当はそれほど気持ち悪い男ではないのではないかと?
だが、そんな根拠のない考察は一気に吹き飛んでしまった。
リンカは御影のことを気持ち悪いと思った。
それは理屈ではない、感情の問題だった。
「はぁはぁはぁ、寝起きもかわいいね。キス、していいかな?」
「い、いやです」
「ふひひひひひぃ、じゃあさ、これ……見てくれる?」
そう言って、御影は――




