加藤の最後
俺の剣が加藤の胴を切り裂いた。
そして俺は奴との密着状態を解除していない。この手に持った異世界の盾――〈アイギス〉はあらゆるスキルを封じることができるからだ。俺の〈操心術〉も加藤の〈創薬術〉も使用することができない状態になっている。
が、これは新しくスキルを発動させる場合の話だ。俺がこれまで操った人々や、加藤が生み出した薬には〈アイギス〉の無力化は通用しない。あくまで新しく発動するのを妨げるだけの能力。
とはいっても、加藤の手持ちの薬は腰のホルスターだ。上半身だけになった奴に、完全な薬を生み出すことは不可能だ。
もはや虫の息の加藤だが、しっかり止めを刺しておかないと……さっきみたいに態勢を立て直してしまうかもしれない。
「くく……くくく」
「今楽にしてやるから、おとなしくしていろ」
「聞けよ、お前の子供の話だ」
「何っ?」
子供の話……だと?
「エドワードの居場所ならこの後探すつもりだ。この建物にいることは分かっている。お前に教えてもらう必要はない」
「くくく……違うなぁ、そうじゃねーよ。そうじゃねーよ下条。俺のとこじゃねぇ、新ちゃんに捕らわれたガキについての話だ」
「…………リンカの?」
身体強化薬の名残なのだろうか? 上半身だけになったというのに、やけに饒舌だった。
とはいえ、反撃してこないところを見ると……自らの死を確信しているようにも見える。
「リンカたちの居場所も分かっている。お前に聞く必要はない」
「くくっ、はははははははははっ! ま、当然の話だがよぉ、その様子じゃしらねーみてぇだな」
「……何の話だ?」
「あいつの狂気を……」
狂気?
何を言ってるんだ。
世界中に媚薬をばらまき、非合法組織を作り出してこの地域を混沌の中に叩き落した加藤。
そんな奴が喜々として語る『狂気』とは一体……。俺と乃蒼の子供を殺したことは確かに狂気的ではあったが、元の世界でも悪事を働いているのか? あのいじめられていた……御影が。
「あいつはな……ロリコンなんだぜ」
「は、はぁ?」
一瞬、加藤が何を言っているのか分からなかった。まさかこんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「幼い子供が好きな変態だ。言葉は知ってるよな?」
「いや、おかしいだろ? リンカはさ、まだ子供なんだぞ? 御影が年下の女の子が好きだって言っても、いくらなんでも……」
確かに、あいつが好きだった乃蒼は少し幼い体つきをしている。そんな彼女と結婚した俺は、もしかするとロリコンと言われても仕方がないのかもしれない。
しかしそんな俺の感覚から言っても、リンカはあり得ない。ついこの間まで赤ちゃんだったという記憶があるせいもあるが、誰がどう見ても子供なのだから……。
「リンカは子供だから……」
「あいつのやり口を知らねーんだろ」
「やり口?」
「忘れたのかよ、奴のスキルがあれば、なんでも思い通りになるだろうが」
「…………」
スキル。
御影の〈時間操作〉は加藤や俺のスキルよりもはるかに恐ろしいスキルだ。自らの攻撃や移動を加速させたり、あるいは相手の廊下を加速させたりと様々な応用法がある。
「あいつはよぉ、ひでぇ奴だ。能力を使ってガキの子宮を成長させて、子供を産める体にするんだ。腹のところだけ成長させるから、体つきはロリコン好みのそのままでな」
「…………」
俺は言葉がでないほどに……震えていた。
想像するだけでもおぞましい……悪魔の所業だ。
「中に子種を注ぎ込んだら、能力を使って子宮の時間を加速させる。すると一瞬で腹が膨れてガキが出産間近になる。あいつはな、そんな風に自分の子供が生まれるのを、興奮しながら眺めてるらしいぜ」
「な…………何考えてるんだよ、御影は。そんな気持ち悪いことを……本気で?」
「お前のガキ、今頃ひぃひぃ言いながら陣痛に耐えてるぜ」
「そんな……馬鹿な……」
「早く行ってやれよ。初孫、抱けるかもしれねぇぜ」
「…………」
こいつは……何を言ってるんだ?
加藤の悪趣味な嘘、と言い切りたかった。
だが、と俺は思い出す。発信器が示したリンカの居場所は、確かラブホテルだったはずだ。
まさか……始めからそのつもりで……その場所に。
「一度だけ、俺ぁ現場に遭遇したことがある。胸糞悪い話だがよぉ」
「…………」
「あんまりにもガキが泣き叫ぶからよぉ、俺は薬をやろうかって提案したんだ。お前も知ってるだろ? 〈イシュタル〉って媚薬の話だ。そいつを嗅がせれば頭の中吹っ飛んじまうほどに気持ちよくなるからな。まあ、俺なりのせめてもの情けってやつさ」
何が情けだ、お前のその薬のせいで……一紗が……。
「そしたらあいつ、何って言ったと思う? 『その薬は女の子がビッチになるからいらない』だってよ! はっははははははははははははははははははっ! やべぇよ。分かるか下条? あいつは俺やお前とは違うんだぜ。女を喜ばせようなんて全く思ってねぇ。鬼畜ってのはあいつみたいな奴のことを言うんだろうぜ」
「お前が言うな」
「はははははははははははは」
サディストの加藤にこれほど言わせるなんて……。
やはり、この話は真実なのか?
威勢よく笑っていた加藤だったが、すぐにその笑いを止めることとなった。
いくら身体強化薬があったとしても、迫りくる死から逃れることはできなかったようだ。あの高笑いは、死に際の断末魔の叫びに似た何かだったのかもしれない。
笑いを止めた加藤は、見るからに青い顔だった。
すでに致死量に近い出血だ。もう長くないだろう。
「…………俺はもう、死ぬ。天国で見守ってるぜ。お前が勝つか、新ちゃんが勝つか。この戦いの結末……をな」
「お前が行くのは地獄だ」
「へ……へへ……へ……」
そして、加藤は息絶えた。
俺は念のため、加藤の頭を砕いておいた。これで万が一にも復活することはないだろう。
あまりに衝撃的な話だったから、つい聞き入ってしまった。
もしこいつの言ったことが真実であるとしたら……リンカが危ない。それにエドワードも早く見つけないと。
頼む、無事でいてくれ。
俺は駆け出した。




