スキルの弱点
胴体切断から完全に回復した加藤。
肺の損傷から完全に回復した俺。
今は膠着状態が続いているが、すぐにすべてが動き始める。もはや妥協が許される状況ではないのだ。互いに命を取り合う敵同士。
加藤はすぐにでも攻撃してくるだろう。
まずは……。
「動くなっ!」
俺はそう言って命令した。
俺は〈操心術〉というスキルがあり、こいつを使えばすべての人間も操ることができる。
殺せばこんなスキルは必要ないと思っていたんだがな。周りを巻き込んだり意図しない命令を吹き込んでしまったりと、少しリスクのある能力だ。
俺の言葉を聞いた加藤は、一瞬で動きを止めた……ように見えたが。
「はっ」
加藤が動き出した。
「…………」
これで決められれば、という気持ちがないわけではなかった。しかし加藤が対策しているのでは、という懸念は常に抱いていた。
「……やっぱり、対策してるよな」
「俺を馬鹿にすんじゃねーぞ! 俺の仲間がお前に従ってる時点で、スキルのことは見抜いていた。なら対策を取るのは当然だろ?」
「……くっ」
一芝居打った時に、仲間の男は嘘をついている。裏切りから俺のスキルを想像することは、そう難しい話ではない。
俺のスキルは一言で相手を縛り付ける、普通に考えるなら必勝のスキルだ。
だが加藤のスキル――〈創薬術〉でスキル対策がされている可能性は十分にあった。
そしてそれ以外にも〈操心術〉を逃れる方法はある。かつて異世界で、加藤は耳をつぶしてスキルの対策をしていた。聞こえなければ俺の能力は通用しないからだ。
前例がある以上、スキルに頼りすぎるのは良くない。だからこの結果も、ある程度は予想の範囲内だった。
「〈白刃〉っ!」
次に俺は聖剣ヴァイスで〈白刃〉を放った。
聖剣の白い刃が狭い廊下を駆け抜け、加藤へと迫っていく。
加藤は驚愕に目を見開いたが、うまくしゃがんでこれを回避した。
「おいおい、下条? いいのか? この階にお前の息子がいるかもしれないんだぜ。部屋の中から飛でて来たところに、聖剣の刃が当たったらどうする?」
「この階にはいない。そう聞いている」
「ああ、そこの雑魚に聞いたのか」
そう言って、加藤は地面に倒れこんでいる男を見下ろした。先ほどまで俺の〈操心術〉の支配下になったのだが、今は邪魔だから気絶してもらっている。
「くくくっ、確かにこの男がここにいたときは……この階にいなかったぜ。だがよぉ、てめぇらが来るまでにここに連れてきた……可能性もあるよな? 俺様は気分屋だからな」
見え透いた脅しだ。
だけど、絶対そうでないと否定できる根拠もない。
殺傷力の高い攻撃は、控えた方がいいかもしれない。
「くっ……」
聖剣の技を使えないということは、近接戦闘で直接加藤を叩くことになる。
「来いよ下条っ!」
加藤もそう思っているらしい。
……好都合だ。
実際のところ、殺傷力のない遠距離攻撃で叩くという手はある。俺の聖剣・魔剣は千近くあるんだから、選択肢の幅は広いのだ。
だがそれは泥沼の試合になることを意味する。加藤の〈創薬術〉はあらゆる攻撃に対応できる強力なスキルだ。今は距離を取っているから脅威は薄くなっているが、射程範囲に入ってしまえば奴の攻撃を受けてしまうことになる。
あらゆる薬を瞬時に生み出すことができるようになった加藤だ。俺がどんな攻撃をしても、応戦する自信があるようだ。
だが俺には秘策がある。
ここで長々と戦って、御影のもとにいるリンカを危険にさらすわけにはいかない。
「おいおいどうした下条。勇者のくせに臆病な奴だな。少しは男気見せてみろやっ!」
「加藤おおおおおおおおおおっ!」
俺は加藤の挑発に乗ったふりをして、駆け出した。
「かかったなっ!」
突然、皮膚が焼けるような痛みを覚えた。
加藤の薬だ。
目には見えない、体を焼く薬を合成していたようだ。
「聖剣ハイルングっ!」
俺は乃蒼の聖剣を使って、体を回復させる。
そして己の体力に頼ったまま、加藤へと肉薄した。
「無駄だぜ、下条!」
加藤は拳を振り上げた。
身体強化薬のようなものを使っているのかもしれない。自分の力に絶対の自信がある、そんな顔をしていた。
だが、もう終わりだ。
俺は聖剣を地面に突き刺し、素手で加藤の右手を掴み上げた。
「なっ……」
加藤は必死に抵抗するが、俺から逃れることはできなかった。
「力が……強化されてねぇ。お……俺の〈創薬術〉が……」
力を強化する薬を生み出したつもりのようだ。
しかし、すべてが手遅れだ。
「てめぇ下条! 何しやがった」
「お前の力は、もう封じた」
俺は左手に盾を持っている。
これは異空間に収納していたアイテム。加藤の力を封じることができる、必殺の効果がある。
「お前が元の世界に戻ってからの話だ。俺たちは残ってた魔族と戦って、そしてそのあとに天界の天使たちと戦った」
「て、天使だと?」
自らがかかわりを持っていた魔族については熟知していても、天使という言葉は初耳だったのだろう。
俺と加藤と戦った時点では、天界や天使についての知識は全くなかったからな。これは当然の反応だ。
「知ってるか? 俺たちが使う魔法も、スキルも、みんな元をたどれば天使の親玉である神――エリクシエルの力らしいぜ」
「知らねぇよ……そんな話」
「この盾、――〈アイギス〉はあらゆるスキルを無効化する盾だ。ずっと昔に、神と人と魔族が争っていた時に生み出されたアイテムだ」
「聞いてねぇ……聞いてねよそんな話。俺は最強だ。弱点を克服した俺の〈創薬術〉は……最強だったはずだっ!」
「お前も、そして俺も最強じゃないってことだ。上には上がいる。加藤、スキルで最強を語れる時代じゃないんだよ」
加藤が震えていた。
無限の可能性を持つ力――〈創薬術〉。対抗する手段はいくらでもあったはずなのに、それを根底から覆されてしまったのだ、納得できず怒りに震えていても無理はない。
「ち、畜生おおおおおおおおおおっ! 俺は負けねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
「今度こそ本当に終わりだ加藤。地獄へ落ちろ」
無抵抗な加藤から距離を離さず。
俺の剣は、再び加藤の胴を切り裂いた。




