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クラスの女子全員+俺だけの異世界帰還  作者: うなぎ
やり直し編

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80/120

触媒



 胴体を切り裂かれた加藤。

 頭に剣を振り下ろした俺。


 誰がどうみても、勝利は目前……のはずだった。


「…………っ!」


 かきん、と耳障りな金属音が聞こえた。

 俺の剣が加藤のピアスに当たったわけではない。骨や歯程度に競り負ける軟な材質の剣でもない。

 俺は確かに、加藤の頭蓋骨を砕くレベルで力を込めたはずだった。

 だが、俺の刃は通らなかった。


 突如として黒く硬くなった加藤の皮膚が、俺の攻撃を阻んだのだった。


 金属化? 硬質化? あるいはバリア? 何事かは分からないが、加藤が何らかの薬を使ったのだけは確かだ。

 一体どういうことだ? 加藤は薬を持っていなかったはずなんだが……。

 とにかくもう一度……聖剣を。


「がっ……ぐっ……」

 

 突然、激しく咳き込んだのは……俺だった。

 血だ。

 咳とともに肺から血が込み上げてくる。そしてどれだけ激しく呼吸をしても、肺に空気が満たされていない感覚。

 

 攻撃?

 俺は加藤から攻撃を受けている……のか? 空気に晒して体へと侵入するタイプの薬か? 


「なんだ……これ……?」


 俺は即座に廊下の後方へと飛んだ。加藤の攻撃はすべて薬によるものだ。奴から距離さえとってしまえば、それ以上の追撃はあり得ない。

 だけど、肺から出血というのは俺にとっても重傷だった。すでにかなり息苦しさを感じている。このままでは、やがて酸素が脳に回らなくなり……倒れてしまう危険性がある。


 仕方ない。


「――来い」


 俺は〈籠ノ鞘〉を起動し、異空間に収納した聖剣を取り出した。

 聖剣ハイルング。

 乃蒼の剣だ。


 誰もついてこなくていい、と豪語した俺だったが、念には念を入れて乃蒼の剣だけは所持しておくことにしたのだ。ただし彼女の身に危険が及ぶことを恐れ、戦闘中は異空間に収納しておく……つもりだった。


〝匠君、大丈夫?〟

「すまない乃蒼、頼む」


 俺は乃蒼の力で損傷していた肺を回復した。

 息苦しさが消えていく。 


「…………」

 

 とんだ失態だった。いますぐ遠距離から加藤に止めを……。

 そう思っていた俺は、信じられない光景を目の当たりにすることとなった。


 加藤が、回復していたのだ。


 地面には横たわったままだったが、すでに出血は止まっており、切り裂かれたはずの胴体はくっついている。足がぴくぴくと動いているから、神経も繋がり始めているらしい。


 これは俺も知っている。

 加藤の『再生薬』だ。対象のケガを直し、失われた体の部分を再生する力を持った強力な回復薬。

 

 またして……薬?


「馬鹿な……」 

  

 加藤のスキル――〈創薬術〉は俺もある程度知っている。しかし奴は瞬時に強力な薬を合成することはできなかったはずだ。

 体を硬質化し、俺を攻撃し、そして自らの体を回復させる。三つすべてを満たすには、三つの強力な薬が必要となる。


 奴は薬をもっていなかったはずだ? どうやってこんなことをしたんだ?

 

 体を完全に回復させた加藤が、ゆっくりと起き上がった。


「何をした加藤? お前は薬をもっていなかったはずだ」

「俺の歯にはよぉ、何かあったときのために薬を仕込んである。そいつを使ってこの危機を脱したんだぜ」


 歯……か。

 そいつは盲点だったな。確かに歯なら胴体が切り裂かれても……。

 

 いや、待て。


「じゃあお前は歯に薬を三種類用意してたのか? いや、緊急時に備えて、もっと用意している?」

「くくくっ、おいおい下条。俺の歯をボロボロにするつもりかよ? 何種類も用意してたら、俺が差し歯だらけになっちまうだろ」


 それも……そうだよな。

 歯に薬を仕込む、ということは危険性を伴う行為だ。体に優しい再生薬や硬質化の薬ならともかく、肺を傷つける薬は下手をすれば自分が死んでしまう。そんな危険薬物を、自分の体に仕込んでおくとはどうしても考えにくい。


 加藤は腰に巻いたホルスターから、一個の薬瓶を掴んだ。


「こいつだ」


 中には薬と思われる透明な液体が入っている。何の効果があるのかは分からない。


「こいつは俺が知恵を絞って生み出した薬。まっ、分かりやすく言えば『触媒』だな」

「触媒?」

「すべての薬の合成を早める薬、っていえばお前でも分かるか」

「…………」

 

 合成を早める薬? 触媒?


「……そうか、やっと分かった。お前は、薬を瞬時に合成したんだな」

「くくく、正解だ。俺は昔の俺とは違う。この触媒を使えば、スキルの時間制限を無視できるっつーことだ」


 加藤のスキルでは強い薬を瞬時に合成できない。

 だからこそ俺は一芝居打って奴を油断させ、奇襲で薬瓶を加藤の体から切り離した。


 だが奴の方が一枚上手だったらしい。


「分かるか下条! 俺はもう新ちゃんの〈時間操作〉を使わなくても、望む薬を望むままに生み出すことができるんだぜ!」

 

 媚薬――〈イシュタル〉を大量合成したのは、時を操る能力者である御影の力添えがあってこそだ。


 だが、プライドの高い加藤が、かつていじめていた相手である御影に対して、いつまでも助力を請うているだろうか?

 そんな状況、いつまでも我慢できるはずがない。

 だから加藤は生み出したのだ。たとえ御影に頼らなくても、自分で望む薬を望むままに合成できる……その方法を。そしてもし万が一の事態があったとき、御影と争っても勝てるように……。


「まあ、あいつにはこの触媒のことは伝えてねぇがな。てめぇが奴にばらすとは思えねぇが、秘密を知ったからには生かして返せねぇよな」


 もともと殺すつもりだったくせに。

 

 奇襲は、失敗した。

 このまま奴を逃がせばエドワードに危険が及ぶ。

 ここで、決着をつける以外ない。


 あらゆる薬を瞬時の合成できる加藤。

 異世界にいた頃より、完全無欠の存在。普通に考えたなら、勝てるわけがない強敵だ。


 だが、付け入る隙はある。

 俺が得た異世界の力は、こんなものじゃないってことだ。


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