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スカル・ジャンキー


 目の前の男たちが口にした名前。

 加藤達也。

 俺はこいつを知っている。


 異世界人の男はスキルを持っている。俺は〈操心術〉というスキルを持っていたが、加藤は〈創薬術〉というスキルを持っていたはずだ。

 これは念じれば薬を生み出すことのできるスキルだ。良薬も毒薬も関係ない。薬効に応じて作成時間に差ができるものの、できない薬はないといってもいい。

 加藤はその力を使って、この〈イシュタル〉とかいう媚薬を量産したに違いない。


 だが奴は〈創薬術〉を使えないはずだ。スキルを使うには異世界で作られた特殊なバッジが必要で、元の世界に戻る前に俺たちが破壊しておいたのだから。

 なのになぜ、こんな薬が出回ってるんだ?


「〈スカル・ジャンキー〉ってご存じですか?」

「……それはなんだ?」

「今、関東一帯に幅を利かせてる非合法集団……まあ、ヤクザやマフィアみたいなもんっす。このタトゥーが目印っす」


 男はそう言って、頭頂部を指さした。そこにはドクロが薬瓶をかみ砕いてるタトゥーが入られられている。


「そのヘッドが加藤さんっす。加藤さんは魔族のリーダーとも仲が良くて、つまり……俺たちゃ魔族の味方なんっすよ」

「…………」


 嘘……だろ?

 加藤と仲がいい魔族?

 かつて、異世界にいた頃の加藤はグラウス王国の貴族たちと仲が良かった。そしてその貴族たちは、人類の敵である魔族と協力関係にあった。

 これは奇妙な偶然か? 不良の加藤と粗暴な魔族、たまたま気が合ったから仲良しになったのか?

 それよりもむしろ、こう考えた方が自然なんじゃないか?

 

 異世界の魔族が、こっちに来てるんじゃないのか?

 

 いろいろと、混乱する情報が多い。

 しかし、いつまでもここにとどまっているのは危険だ。魔族でない俺がぼろを出してしまうかもしれないし、気絶したままの一紗が気がかりだ。

 

「俺はこの女を連れて連れて帰る。お前たちは二度と俺の前に姿を見せるな。次に会ったときは……殺してしまうかもしれない」

「は、はい、魔族様の申し出とあっちゃ、俺たちも断る理由がねぇです。なあ、お前ら」

「お、俺たちゃもうこの町から去ります」

「す、すんません。もう二度とここには来ねぇっす」


 男たちは足早に立ち去って行った。

 ……これでいい。


 当初の予定通では友好的に話をするつもりだったが、予想外の結果になってしまった。

 だが、それによって理解できた事実もある。


 おそらく、この一帯に魔族が押し寄せた。

 そのせいで人々は避難して、ライフラインが寸断された。

 無法地帯にあいつらみたいな犯罪集団が押し寄せた。

 加藤の薬で女性を狂わせて、奴隷みたいにしようとしている。


 くそっ、悪い冗談だ。


 下手をすれば異世界なんて鼻で笑えるレベルの未開の地。俺が知らない間に、この地域は魔族の手に落ちてしまったようだ。


 あいつらを捕まえたり、アジトに案内させたり……いろいろな手段があると思う。

 だがそれはリスクを伴う。


 もし加藤が本当に暴れまわっているのだとしたら? しかも、スキルを使用できるのだとしたら?

 強敵だ。

 真っ向勝負で負けるとは思っていないが、もし……不意を突かれて奇襲された……確実に勝てるとは言い難い。

 それに、奴は俺の嫁であるつぐみを何かと恨んでいた。俺でなくつぐみのほうを狙われたらどうしようもない。

 さらに加藤は別のクラスメイト――御影と知り合いだ。奴よりもはるかに俺のことを恨んでいて強スキル持ちの御影が攻めてくれば……それこそ苦戦は免れられない。


 危険な橋は渡らない。

 ここは一時撤退しておくのがベストだ。


 俺は男たちを見送り、そのまま一紗を抱っこして学園に戻ることにした。



 一紗を抱えた俺は、すぐに学園へと戻ることにした。

 予定の時間よりだいぶ早かったが、この異常事態だ。もう……、のんきに外を探検なんて言ってられない。


「た、匠君っ!」


 大慌ての乃蒼が校舎から出てきた。


「か、一紗さんどうしたのかな? 大丈夫なの?」

「少し厄介な事態になってな、俺が気絶させた。命には別条はないと思うが……少し注意が必要だな。つぐみたちは帰ったか?」

「う、うん」


 帰ってるのか?

 俺たちが早く帰りすぎたと思ったのに、意外と早いな。


「匠」


 校舎の中から鈴菜とつぐみが出てきた。璃々はいない。

 どうやら話を聞く必要がありそうだな。 


「璃々は?」

「エリナたちとともに校舎を探索中だ。それより、収穫があったぞ」 

「ふええええええええええええええん」


 と、つぐみの後ろに隠れていた女の子が、突然俺に抱き着いてきた。

 四家陽菜乃。

 俺のクラスメイトであり、嫁でもある女の子だ。

 

「お兄ちゃああああああん。怖かったよぉおおおお」


 泣きじゃくる陽菜乃は、俺のふとももからしがみついて離れない。よっぽど不安だったんだろうな。まあ、俺でさえそう思ってるんだから、仕方ない話だと思うが。


「陽菜乃はバイロンさんの宿にいたんだよな?」


 バイロン、というのは異世界における陽菜乃の養父だった人だ。老齢で子供のいなかったその老人は、彼女のことを実の娘のようにかわいがっていた。

 妊娠した陽菜乃を心配して、俺たちの住む首都にやってきていた。俺も一度挨拶に行ったから覚えている。俺の屋敷から二十分程度歩いたところにある、商人向けの高級宿に泊まっていた。


「んとね、ひなね、パパのいるところに行ってたの。パパに絵本を読んでもらって、抱っこしてもらって、いろいろ遊んでたら……急にお空がピカッって光って」

「やっぱり、空が光ったのか」

「それでね、ひなね、気が付いたら道路に立ってたの。お兄ちゃんも、パパもママもみんないなくて、ひなすっごく怖かった。だからね、家に帰ってずっと遊んでたのか」


 この世界にある陽菜乃の家か。俺の実家は何となく避けてしまっていたが、甘えん坊の陽菜乃にとってそんなことは関係なかったようだ。

 下手に外に出てたら、さっきの加藤の配下に遭遇してたかもしれないからな。今回ばかりは、陽菜乃の性格に感謝だな。


「四家という名字が珍しいおかげで助かった。電話帳で確認して、もしやと思って行ってみたらそこに陽菜乃がいた。これが田中や佐藤だったら、こうもうまくはいかなかっただろうな」


 発案者はつぐみらしい。頭のいい奴は考えることが違うな。


「そういえば一紗は?」

「少しやっかいなことになってな……」


 俺はこれまでの出来事をつぐみに話した。 

 優の家に向かったこと。誰もいなかったこと。近くで男たちに出会ったこと。一紗が毒薬を浴びてしまったこと。魔族と加藤、この世界について。


「…………」


 つぐみが青い顔をしている。無理もない。かつて加藤に薬漬けにされそうになっていた彼女だ。その恐怖は並大抵のものでないと知っている。


「とりあえず、一紗をベッドに運ぶか」


 俺たちは一紗をベッドに運ぶことにした。


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