暴れる下条匠
匠の故郷、とあるビジネスホテルにて。
加藤達也は悩んでいた。
この世界にいたときから気に入らなかった女――赤岩つぐみ。
そして異世界にて屈辱的な敗北を喫した男――下条匠。
二人同時に復讐する最高の方法。それは彼らの子であるエドワードを利用することだ。
媚薬付けにして、女なしで生きていけない体にするか。
あるいは特製の麻薬で、手の付けられない中毒者にするか。
他にも姿を動物に変えたり、あるいは体から鼻の曲がるようなにおいが出るようにしたりもできる。
加藤のスキル――〈創薬術〉は万能だ。時間さえ許せば、思いついたことは何でもできる。
だが無限ともいえる選択肢があるゆえに、加藤は結論を決めかねていた。
どうすれば、もっともあいつらが苦しむか? 激しく後悔するか。
悩みぬいても結論はでない。時間は無限ではないから、そろそろ仕込みに入っておきたいところなのだが……。
「大変です、加藤さん!」
突然、ドアを開けて男が入ってきた。
彼は加藤の配下の一人だった。
この無人だったビジネスホテルには、加藤の配下たちが十数人滞在している。彼らは周囲を警戒したり、あるいは料理を作ったりなどして主に貢献している。
「下条匠が……一階で暴れていますっ!」
「なにぃ?」
ドン、と足元が揺れた。
「うおっ」
窓の下を見ると、正面の建物の入り口が破壊されていた。
聖剣による力だ。
「おいおい……あいつ、マジかよ」
加藤は下条匠のことを侮っていた。
かつて異世界で彼と対峙したとき、甘い理由からつぐみを救い、そして敵である加藤にすらも情けをかけた。そんな彼であるから、たとえ非合法組織といっても一般の人間に手を出すとは考えにくかったのだ。
加藤は下条匠に関する認識を改めた。
子を奪われ、なりふり構っていられなくなったのだろう。
「あいつ、変な力を使ってきて……銃もナイフの効かないんです。俺たちにも薬を分けてください。このままじゃあみんな、殺されちまう」
加藤の薬について、構成員はある程度知っている。
特殊なスキル――〈創薬術〉については説明していないものの、爆薬を含む様々な薬を持っている男だとは認識されているのだ。
確かに、男たちに薬を与えれば戦闘力は格段に向上するだろう。うまくいけば下条匠を殺すことができるかもしれない。
……が。
「……焦んな」
加藤は冷静な口調でそう言った。
「あいつに一般人を殺す度胸はねーよ。相手してる奴らはみんな、大けがどまりだろうな。死ななきゃ俺が治してやる。気にせずやりあってこい」
「し……しかし」
「てめぇ、誰に向かって口答えしてやがる? いいからさっさと行ってこい」
下条匠は聖剣を使ったのだ。ひょっとすると、加藤以外の誰かを殺してしまうかもしれない。そんなことは加藤自身もよくわかっている。
しかし加藤と仲間たちは、所詮薬と暴力で従わせただけの関係だ。それほど部下のことを信用していないし、いつ裏切ってもおかしくないとも思っている。
有用な薬は諸刃の剣だ。爆薬でも身体強化薬でも幻覚薬でも、加藤に向けて使われれば厄介なことこの上ない。
(ちっ、もう少し仕込みの時間が欲しかったんだがなぁ……)
しかし忠誠心に問題があっても、戦力外であっても、味方はいい弾除けになる。そしていくら下条匠といえども、この建物に息子がいるとわかっている以上は、建物が壊れるレベルの攻撃はしかけてこないはずだ。
必ず隙は存在する。加藤はただ、その隙を突けばいいだけだ。
「まあ、俺も相手してやるからよ。さっさと案内しろ」
「はっ!」
配下の男が恭しく一礼をして、ドアの外に出て行った。
加藤もそのあとへ続き、部屋の外に出た――
その瞬間。
「し、下条っ!」
「……終わりだ」
下条匠の聖剣が、加藤達也の胴体を切り裂いた。
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ホテル、705号室前の廊下にて。
俺は加藤の胴を切り裂いた。
すべては、作戦通りだ。
先ほどまで加藤と話をしていたこの男は、〈操心術〉の支配下にある。俺が一階で暴れている、というのは真っ赤な嘘だった。
一階で暴れているのは、俺が〈操心術〉を使って操った加藤の仲間たちだ。
現在、俺の〈操心術〉の支配下にあるのは五人。ここにいる男と、下で暴れている男二人、そして廊下で俺と遭遇してしまった男たち二人だ。
俺は下で暴れている男の一人に、魔剣を一つ授けた。
俺の聖剣の力を使えば、魔剣使いの力を付与することもできるのだが、どうやらその必要はなかったようだ。
どういう理由かは知らないが、この世界の住人は聖剣・魔剣に適正のあるものが多いらしい。下で暴れている男も、それほど高くはないのだが魔剣への適性があった。
そいつに魔剣を持たせて暴れさせた。異世界で魔法や聖剣について知っている加藤であれば、下の階にいるのが俺だと錯覚させることができる。奴は俺がスキルを使えないと思っているから、なおさらだ。
「ぐ……うう……」
上半身だけになった加藤が、床を這っている。
無駄だ。
奴は薬瓶を腰のホルスターに身に着けている。しかし今、胴体を切断された加藤はその手で腰の薬瓶を掴むことができない。
そして奴は手に薬を持っていない。
さらに言うなら、加藤はこの状態でも〈創薬術〉で望む薬を生み出すことができる。しかし奴の創薬には時間が必要であり、効果が高いものであればあるほどその時間が延びる。
この場で絶命するまで五分か、十分か。その程度の時間で作れる薬など、せいぜい俺の皮膚を少し焦がすレベルの威力だ。
つまりこのまま放っておいても俺の勝利は間違いないが、だからといって手を緩めるつもりはない。
俺は剣を構えた。
「もう、油断はしない。それを俺に教えてくれたのはお前だ、加藤。悪く思うなよ」
俺が瀕死の加藤に止めを刺す。
これで完全にジ・エンドだ。
俺は剣を振り下ろした。




