操心術
俺は加藤が潜伏しているとされるビジネスホテルの近くまでやってきた。
「…………」
発信器は衛星を介して場所を知らせてくれるものだ。地図上にはある程度正確に場所を示してくれるのだが、それが『何階』かまでは特定してくれない。そして当然ながら、エドワードが囚われている部屋にいつも加藤がいるとは限らない。
この建物にいるのは間違いないのだが、今、どの部屋にいるのかは特定できないのだ。
このまま闇雲に突入していっても、大した成果は上げられない。むしろ下手に相手を刺激して、エドワードに危害が及んでしまっては元も子もない。
建物の外にはガラの悪い男たちがいる。髑髏のタトゥーを持つ彼らは、〈スカル・ジャンキー〉と呼ばれる加藤傘下の非合法組織だ。見つかればすぐにでも加藤に連絡がいってしまう。
相手が魔族だったら、ここで俺は詰んでいただろう。
だが相手は人間だ。俺たちと同じ……否、スキルも魔法も使えない異世界人以下の存在であれば、いくらでも付け入るスキがある。
「…………」
俺は注意深く奴らを観察していた。
建物の前で警戒しているのは五人。彼らはただ入口の前に立っているだけでなく、周囲を歩いて見通しの悪い場所や死角となっている場所を確認して回っている。
俺は建物から離れたやつらのうちの一人を、裏路地に引きずり込んだ。
「な……」
「動くな、俺に従え」
「……はい」
男はゆっくりと頷いた。
これは俺が刃物で脅したからではない。かといって聖剣の力でもない。この世界の住人である男だけが持つ、異世界では『スキル』と呼ばれている能力だ。
俺のスキルは、〈操心術〉という名前だ。
このスキルは対象となる人間に俺の命令を遵守させることができる。『動くな』、と命令されれば抵抗をやめ、『俺に従え』、と言われれば俺の命令に従う人形となる。俺が自由にしていいというまで、基本的にはずっとそのままだ。
扱いには注意しなければならない。俺が意図していなかったとしても、『お願い』や『軽口』みたいな言葉でも命令として理解され、実行されてしまうことがあるからだ。
御影や加藤なら俺の〈操心術〉を解除できる可能性があるが、今、この場では問題にならない。
このスキル、今まで出会ったアメリカ軍人や加藤の配下には使えなかった。
使うのには、異世界で生み出される特殊なバッジが必要だからだ。
この間リンカとエドワードがやってきたときに、俺はこのバッジを手に入れることができた。
あの子たちからもらった力で、今度は俺が助けになってみせる。
「今から俺の質問に答えろ」
「はい」
「加藤はどこにいる?」
「この建物の中です」
「何階だ? どの部屋だから分かるか?」」
「最上階の701号室です」
701号室か。
これで加藤の居場所は分かった。しかしだからといって、今すぐこの部屋に突撃……というわけにはいかない。
エドワードの命がかかってるんだ。もっと慎重に……確実に勝利を狙っていきたい。
そのためにも、この男を操れたというアドバンテージを最大限に生かしていく。
まずは……他にも情報を得ておこう。
「お前は加藤からどういう命令を受けている? 全部俺に説明しろ」
「はい、この周囲を警戒するように命令を受けました。下条匠が偶然通りかかるかもしれないからと」
「…………」
隠れてここにやってきたといっても、俺の近くにいることには変わりない。たとえ春樹の連絡を受けなかったとしても、何かの拍子に見つけてしまう可能性は十分にあった。
「それと、赤岩つぐみと下条匠を探して連れてくるようにと、命令されていました。四時間後に向かう予定でした」
四時間後?
あまりにも早すぎる。
探して、ということすぐに見つかるとは思っていなかったのかもしれないが、何の準備もなしに声をかけたりはしないだろう。春樹が予想したように、加藤は何らかの形で俺やつぐみに良くないものを見せたかったはずだ。
もう、エドワードは……。
いや、絶望するのはまだ早い。
やはり奴は俺が今ここにいることには気が付いていない。ならば奇襲を仕掛けるチャンスがあるということだ。
加藤さえ倒してしまえば、あとはエドワードを助けるだけだ。
さて、と。
「お前に命令する。今からお前は動いてもいい。そしてさっきまでと同じように周囲を警戒するふりをしろ」
さすがにこのまま戻らなければ、怪しまれてしまう。こいつは俺の命令には絶対服従なんだから、帰してしまっても問題ないだろう。
「それと、適当な理由をつけて警備をしているもう一人をこっちに連れてこい。四人のうち誰でもいい」
もう一人をここに連れてきて、俺の〈操心術〉の支配下に置く。
二人そろえばかなり大きな行動をすることができる。うまくいけばエドワードの居場所を見つけて、助けられるかもしれない。
「俺とここで会ったことは誰にも言うな。、命令は以上だ、行け」
「はい」
男は俺の命令に従い、この場所から立ち去った。俺とのやり取りでは人間味を失ってロボットのような回答をしていたが、別に感情を失ったわけではない。俺に対してああなるだけで、他の人間とは自然に接することができる。
味方が増えるのは嬉しいが、相手はあの加藤だ。数を集めて襲い掛かったところで、薬の餌食になるだけ。奴も俺と敵対することになった以上、警戒はしているはずだからな。ナイフや銃で武装した程度で、覆せる実力差ではない。
だがこの男たちを加藤は手下だと思っている。警戒心も低いだろう。
俺はこいつらから得た情報を組み立てて、利用し、加藤を攻略する。
今はただ、それに集中するだけだ。




