御影と加藤、襲来
関東で、匠とイグナートたちが激戦を繰り広げていた、ちょうどその頃。
京都、時任邸にて。
小鳥は子供たちの面倒を見ていた。
「この床板は珍しいですね? 草、を乾燥させたものですか?」
興味津々をエドワードが、床の畳を触りながらそんなことを呟いた。この世界にきて何もかもが新しいエドワードだが、和室に入ったのは正真正銘この家が初めて。
「これはね、畳って言うんだよ」
「うちの城にも、こういう部屋が一つ欲しいですね……」
などと思案顔のエドワード。ことりには古臭くて大したことのないように見える畳でも、エドワードにとっては新鮮味があって良いらしい。
「何の草を乾燥させればいいんだろう? なんでもいいのかな? でも変な草のせいで虫が寄ってきたら困るなぁ、姉さんならそういうのに詳しいかも……」
小鳥はそんなエドワードを見て、その利発さに感心した。そして、そんな些細なことに頭をフル回転させている様子を見て、同時にかわいらしいとも思っていた。
(私と匠君との間に生まれてくる子供も、こんな風にかわいらしく成長してくれるのかな?)
お腹の子は出産間近。予定日は少し先だが、今日であってもおかしくないほどだ。
匠の子供たちを見て、自分の子の未来に思いをはせる。
それは彼女にとって、とても幸せな時間だった。
戦いと緊張に明け暮れていた小鳥にとっての、ほんの僅かばかりの安息日。
……そうなるはずだった。
「こんにちは~」
不意に、そんな声が聞こえた。
この場に不自然な、声変わりした男の声だ。
「…………っ!」
小鳥は自分が出産間近だということも忘れ、激しく跳躍した。異世界で鍛えられた勇者としての戦闘感覚が、不吉な何かを察知したのだ。
「君がリンカちゃんだね。あはっ、写真の通りかわいいや」
「え……」
リンカの目の前に、男が立っていた。
クラスメイトの、御影新だった。
「おいおい、あまりはしゃぎ過ぎんなよ新ちゃん。ここでいろいろ騒がれると、あとが面倒だぜ」
そして入口近くに立つ、別の男。
小鳥は目を見開いた。
(か……加藤君っ!)
出会ってはならない、その人物。
異世界で直接出会ったことはないものの、その悪逆ぶりは匠を通して聞いている。そもそも元の世界でさえ何度か素行の悪さを目撃したことがあるのだ。ひ弱な赤ん坊であれば、殺してしまってもおかしくない。
(わ……私が、守らないと)
小鳥は黒い霧を出現させた。かつて呪われた魔剣に体を支配されてしまった小鳥は、この黒い霧を出現させて戦うことができる。
黒い霧が手に収束し、一本の剣になった。
「お前は……ああ、長部のグループにいたやつだな」
「…………」
「赤岩のガキはどいつだ?」
「知りません」
小鳥は剣を構えてそう答えた。
「……くっくっくっ、そうかそうか。言わねぇか?」
笑う加藤は、小鳥の背後を見ている。目線はやや下。
そこに寝ているのは……雫たちと匠との間に生まれた赤ちゃんたちだった。
「お前が答えを一分遅らせるごとに、そこに転がっている赤ん坊を一人ずつ蹴り飛ばす。運が良けりゃ骨折程度で済むが、下手すりゃ死ぬなぁおい」
「……そ、そんなっ!」
脅しではない。
加藤の素行の悪さは親しくない小鳥でも知っているレベルだ。言えば間違いなくエドワードは無事で済まないだろう。
「そんなことは、させないっ!」
小鳥は剣を振るった。
闇の力を秘めたその剣は、ただ振り回すだけで聖剣以上の力を発することができる。
剣から生まれた黒い刃が、加藤のもとへと迫っていく。
当たれば即死。だが子供たちを守るため、小鳥に躊躇などなかった。
「無駄だ」
瞬間、黒い刃が霧散した。
「…………っ!」
「もうこの部屋は俺の薬のテリトリーだ」
加藤は空になった薬瓶を見せびらかし、そう言った。彼のスキルはあらゆるタイプの薬品を生み出すことのできる〈創薬術〉。薬を使い、何らかの形で攻撃を無効化したのだ。
「…………」
小鳥は冷や汗を隠せなかった。剣の能力が効かないのであれば小鳥はただの女の子なのだ。加藤、加えて御影を相手にして勝てるわけがない。
「僕だっ!」
劣勢を悟ったのだろうか、エドワードが小鳥を庇うように前に出た。
「僕がつぐみお母さまの子、エドワードだ! 用事があるのは僕なんだろ? だったら僕以外の子供たちに手を出さないでっ!」
「くくく、く、はははははははははははっ、あっははははははははははっ! こりゃいい、あの親にしてこの子あり、だったか? 持ち前の正義感で損な役回りだったなぁ。子供らしく、そこの女に甘えてればよかったものを」
「そ……そんな……エドワード君」
「来いよ。お前の母ちゃんにはずいぶんと世話になったからなぁ、たっぷりとかわいがってやるぜ」
加藤はエドワードの肩にもたれかかり、親しそうに密着した。遠くから見ていれば、それは仲の良い兄弟か何かに見えるかもしれない。
(私が……守らなきゃいけなかったのに……)
加藤はかわいがると言っている。
だが、そのような優しい話で済むはずがない。
「おい、帰るぞ」
「フヒヒヒヒ」
瞬間、加藤たちの姿が消えた。
「え……」
加藤も、御影も、リンカも、エドワードもいなくなってしまった。
小鳥は激しく混乱した。
その後、時任との話の中で小鳥は理解した。
御影新が〈時間操作〉のスキルを使い、その場を移動したのだ。
自らの周囲の時を止め、一瞬で移動してしまうその力。どれだけ警戒していたとしても、防げるものではなかった。
ここからがやり直し編になります。




