西よりの凶報
戦いは終わった。
巨大な死体を残したマリエル。
黒焦げとなったイグナート。
もともとの姿からは想像もできないような死体となってしまったが、間違いなく倒した。
魔族三巨頭は全員死に、残る魔族は魔王だけ。
俺たちの勝利は近い。
「……さて、と」
岩陰からこちらにやってくる人物がいる。
かつてこの地で共に過ごし、そして別れたアメリカ軍人。
クルーズ軍曹だ。
「久しぶりだなクルーズ軍曹、元気にしてたか?」
「ああ、おかげさまでな」
「しかしどういう風の吹き回しなんだ? お前たちは魔族と戦わないんじゃなかったのか? それに、俺のことを敵だと認識してたんじゃないのか?」
アメリカは中立を保っていたはずだ。しかも俺はかつて奴らに魔族の手先認定されて捕えられそうになった経緯がある。こうして援軍として来てもらえるとは思ってなかった。
戦闘機まで駆り出されたんだから、クルーズ軍曹の個人的な意思ではないだろう。上層部でもそういった方針になっているということだ。
「俺たちは常にお前たちの動向を衛星で監視していた」
「…………」
いくら電話やネットが遮断されたといっても、春樹と衛星経由で話をすることができたんだ。当然軍事用の偵察衛星が動いていてもおかしくない。
「お前が魔族の味方か、敵か? 国ではこれまで意見が分かれていたらしい。だが先日、ゼオンを倒したその功績をもって、お前への嫌疑は完全に晴れた」
なるほどな。
他の弱小魔族を倒した程度なら、身内の小競り合いか何かと邪推してもおかしくない。しかしゼオンは誰がどう見ても敵幹部であり、その実力は内外に知れ渡っている。
間違っても、魔族の協力者が殺していい相手ではないのだ。
「ゼオンが倒されたことによって中立派が勢いを失い、俺たちが戦える環境が整ったってことだ」
「そうか……そんなことがあったんだな」
やはりゼオンの死というのはあまりにも大きすぎた。
アメリカという国まで動かしてしまうとは……。
「監視してるんだったら、わざわざ優に首を持たせる必要もなかったかな……」
「いや、大衆を煽るにはそういった見せしめも必要だ。お前たちの行動は俺たちも知っているが、問題はない」
独り言のつもりだったが、優のことも知っているみたいだ。俺たちの行動は筒抜けってことか。
「俺たちはこれから各地の魔族たちを掃討していく。自衛隊とともにこの国にはびこる奴らを完全に駆逐し、本当の平和をもたらすためにな」
「俺一人じゃ無理な話だから。ぜひお願いしたいぐらいだ」
「……もう会うこともないだろうな。お前たちも頑張ってやってくれ」
そういって、クルーズ軍曹は立ち去って行った。
どうやら、彼らもそろそろこの戦いが終わると確信しているらしい。
いよいよ、俺たちの戦いが終わるってことか。
終わったらリンカとエドワードを連れて、みんなで異世界に戻るんだ。家族を危険にさらさず、向こうの世界で平和に過ごす。ただそれだけでいい。
「匠っ!」
「鈴菜」
勝利のお祝い、というには少し困惑している様子の鈴菜。何かあったのか?
「時任から君に話があるらしい」
そう言って、鈴菜は無線を差し出してきた。
戦闘中ということもあり、俺は無線を鈴菜に預けていたのだ。
俺は無線を手に取った。
〝匠か……〟
春樹の声だ。
「ああ、俺だ。聞いてくれよ春樹。とうとう魔族の三幹部を全員倒したんだ。俺たちの勝利は近いぞ!」
〝匠、俺は君に謝らなければならない。何分、何時間かけても謝罪しきれないほどにだ。……だがその前にありのままの事実を伝える。いいかね、心を落ち着かせて……俺の言葉を聞いてほしい」
「え……」
春樹は何を言ってるんだ?
ゼオン達を倒して、俺たち人類が優勢なんだぞ? これ以上何の不安があるっているんだ?
〝君の子供が……リンカちゃんとエドワード君が……攫われた〟
「な……に……」
それは、俺を絶句させるには十分な言葉だった。
リンカとエドワードが……攫われた?
「くそっ! まさか魔族がそっちの方にまで侵入してたなんて。あいつらが人質を取るなんて……そんなことが……」
〝違う……違うのだよ匠。あの子たちを連れ去ったのは……魔族ではない〟
「は?」
魔族じゃない?
だったらなんだ? 春樹の家の子だと思われて攫われたってことか?
「御影と加藤だ……」
「…………嘘、だろ?」
御影新に加藤達也。
俺もよく知っている、異世界で敵対したこともある元クラスメイトだった。
〝俺も細心の注意を払っていたつもりだったが、どこかで情報が漏れた。いや、もしかすると監視されていたのかもしれない。それでも俺は厳重に警備や監視を怠ってはいなかったのだが……、まさかこうも本腰入れて誘拐に来られるとは……〟
安全なところに逃がしたつもりだった。
確かに関西方面は、魔族の脅威という観点から見れば安全な場所だったかもしれない。空を飛んでも地上を走っても、奴らはあまりにも目立ちすぎる。そして人間の社会に溶け込む気は全くないように思える。
だが、御影と加藤はそもそも魔族ではなくただの人間だ。町中に溶け込むことはたやすい。
いやそもそも、御影のスキルをもってすれば……人目を忍ぶ必要すらないのだ。
「あいつら……そこまで俺のことを恨んでいたのか? 子供たちは関係ないだろ……どうして……」
〝奴らの屑っぷりは俺たちの予想をはるかに超えている……。俺は誘拐の現場に直接はいなかったのだが、その時そばにいた草壁から話は聞いている〟
「小鳥……小鳥は大丈夫なのか?」
「連れ去れた二人以外は全員無事だ。ケガも何もない。俺と同じく、責任を感じているようだがね。泣いている彼女に説明させるのはあまりに気の毒だから、その時の話は俺からお前に伝える」
「分かった」
そうして、春樹はその時起こった出来事を……俺たちに聞かせてくれた。
ここでイグナート・マリエル編も終わりです。
そろそろこの小説も終わりが見えてきました。
まあだいぶごり押しで話を進めてしまった感があるのですが……。




