逃げなかったイグナート
都市郊外、荒野にて。
大妖狐マリエルを倒した俺たち。残るは魔族三巨頭最後の一人……悪魔王イグナート。
しかし奴は雲の超えはるか高度をと向かってしまい、俺たちの攻撃を当てることが難しくなってしまった。
それだけではなく……おそらく、奴は大規模な破壊魔法――〈究極光滅魔法〉
都市一つを破壊してしまうその規模だ。それだけ発動が遅れたとしても、そこから逃げる術は……ない。
「くそっ」
俺は思わず地面を叩いた。
こんな風に、戦いもしないまま、勝敗の決してしまうのが悔しかった。奴はこのまま逃げもせず、俺たちが死ぬまで戦いを続けるつもりなのか?
一体どうすれば……
絶望に打ちひしがれた俺だったが、すぐにその異変に気が付いた。
キューブに映されたイグナートの映像に変化が生じるた
突如、イグナートが姿勢を崩したのだ。
「あれは……戦闘機、か?」
雲の上の小さな目標。
衛星を使ってるのかレーダーを使ってるのかは知らないが、戦闘機は的確にイグナートの位置を捉え、攻撃を加えている。
さしものイグナートも高高度における戦いでは力を十分に発揮できないらしい。少し押されているように見える。
アメリカ軍も本気なんだな。
兵士だけでなく、戦闘機も投入してくるなんて。
アメリカには魔族のゲオルクがいたはずなのだが、どうしてしまったんだろうか? 奴の影響力が低下してしまったのか?
もちろん、戦闘機で攻撃した程度ならイグナートに傷をつけることはできない。しかし魔法陣を描く作業の妨害なら可能であり、満足に反撃できず押されている。
〈究極光滅魔法〉を完成させられないこの状態になってしまえば、イグナートが空にとどまっている理由はない。
予想通り、再び急降下してきた。
「――〈炎帝〉っ!」
「ぬっ」
イグナートは俺の〈炎帝〉を簡単に回避してしまった。
今のは簡単な試し切り、避けられてしまうことは想定の範囲内。
聖剣の攻撃も十分届く範囲。それを確認するための攻撃だった。
基本的な戦略は、マリエルの時とそう変わらない。
〈真解〉を使って、奴を倒す。
もちろん、大型化したマリエルと比較して、イグナートは人間よりは翼のサイズで巨大なものの……どちらかといえば常識的な大きさだ。さっき〈炎帝〉の攻撃を避けられてしまったように、〈真解〉も回避されてしまっては終わりだ。
それよりも、まずは……
「乃蒼、直せるか?」
「うん」
俺の言葉に従い、乃蒼は人の身から剣の姿へと変化する。
聖剣ハイルング。
癒しを司るこの聖剣の力によって、〈真解〉によって傷ついたヴァイスは蘇る。今のままじゃあ基本技レベルしか使用できないからな。
「〈解放〉、聖剣ハイルング」
力を解放し、ヴァイスを直す。
「いつもいつも、すまないな……ヴァイス。ずっと付き合ってきた仲だから、お前の〈真解〉が一番使いやすいんだ」
〝頼られることは嬉しいことです。あの魔族たちを倒してしまえばすべてが終わり。さあ、行きましょう……〟
「堪えてくれよ、ヴァイス」
聖獣やアメリカ軍、そして俺の妻たちの放つ攻撃が、イグナートへと集中している。
「お……愚か者どもめっ!」
確かに、一つ一つは大した攻撃じゃない。
だがその攻撃を避けようとすればするほど、イグナートは狭い檻の中に捕らわれてしまう。何せ俺の味方は数が多い。四方八方からの攻撃だ。無理をすれば大きく避けることはできるかもしれないが、奴にとってそれは相当勇気のいることだろう。
「みんな……」
俺だけの力じゃない。
みんなの力が一つになって、今、この状況が生まれてるんだ。
ここで失敗すれば、すべてが終わる。イグナートはプライドを殴り捨てて全力で逃亡してしまうかもしれない。そうなってしまえば俺たちの勝利は遠のく。
精神を研ぎ澄まし、最良のタイミングを狙う。
バトルの劇音が遠ざかり、俺のここは静かな湖畔ように澄み始めた。
焦ってはいけない。
かといってのんびりしているわけにはいかない。
目を凝らせ。
小さな小さな勝機を逃さないように。
ここだっ!
「終わりだ、イグナート! 〈真解〉っ!」
異世界、そしてこの世界でも続いていた俺と奴の因縁。
今ここで、断ち切って見せるっ!
「し、しまっ…………」
時間をかけ、協力をもらい最大最高のタイミングで放った俺の技。
四方から押し寄せる矢、魔物、そしてアメリカ軍の攻撃に気を取られすぎたイグナートは気が付かなかったのだ。今、本当に自分を滅ぼし得る脅威となる一撃を。
光の聖剣、ヴァイスが巨木のような白い柱を作り上げた。小手先の攻撃を小刻みに避けることばかりに集中していたイグナートは、その攻撃に直前まで気が付けなかった。
「ぐ……が……ご……ごの……っ!」
しかしそれでもイグナートは魔族たちの頂点に立つ三巨頭の一角。自ら巨大な魔法陣によるバリアを生み出し、俺の〈真解〉を食い止めようとしていた。
「……が……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
しかし、それも無駄に終わった。
魔法陣が砕け散るとともに、イグナートは閃光の奔流に飲み込まれてしまった。その高熱が奴の翼を、服を、そして皮膚を再起不能なほどに焼いていく。
そして、〈真解〉の発動が終わったのち、ドン、と黒い塊が地面に落ちてきた。
かつてイグナートだったもの……焼け焦げた死体だった。
「……終わった」
結局のところ、奴は逃げるべきだったんだと思う。
個人としては相当な能力を有していたが、今、この場では多勢に無勢。巨体過ぎた大妖狐マリエルと違い、イグナートは体が小さく空へも動ける。逃げる方法などいくらでもあったはずだ。
奴はなぜ俺たちとの決戦を急いだのだろうか? 魔王が命令でもしたのか?
まあ、勝利した今となっては、どうでもいい話だけどな。




