マリエルの死、イグナートの嘆き
大妖狐マリエルの腕が、突然爆発した。
爆発、といっても表面の毛皮が少し焦げた程度だ。大きなダメージにはなっていないと思うが、衝撃が衝撃だっただけに無視できるレベルでもないだろう。
この攻撃は、瓦礫の影でロケットランチャーを構えていた兵士の仕業だ。
あれは……クルーズ軍曹か?
すぐに瓦礫に隠れてしまったからもう確認が取れないが、見覚えのある顔だった。
アメリカ軍が、俺を支援してる?
奴らは俺を敵視していたんじゃなかったのか?
「うるさいハエどもめ……」
聖獣。
魔物。
雫の矢。
俺の聖剣。
魔法。
そしてさらに兵士による攻撃が増えたのだ。いかに決定打にならない一撃であったとしても、マリエルにとっては煩わしいものであったに違いない。
マリエルの注意が完全に逸れた。
いまだっ!
「――〈真解〉っ!」
クルーズ軍曹が与えてくれたこのチャンス。逃す理由はない。
俺は〈真解〉を発動させた。
輝く光の柱が、天高く聳え立つ。
「…………これは」
マリエルの動きが止まった。
そして、俺は〈真解〉を振り下ろす。光の柱はそのままの勢いでマリエルの肩へと直撃し、深々とその体を切り裂いていく。
「お……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
その悲鳴は、まさしく獣の遠吠えのようだった。
完全に決まった。
これがゼオン相手だとこうはいかない。
奴は体が小さいし、何より同様に〈真解〉を使うことができる。同じ力で技を相殺することができる上
大妖狐マリエルは巨体化したことにより強くなった。ケガに対する耐性が上がり、攻撃範囲も劇的に大規模となった。以前異世界でやっていたような、都市を防衛しながらの戦いだとしたら大苦戦を強いられていただろう。
だが、ここは違う。
すでにイグナートによって荒野にされてしまったこの地はもちろんのこと、背後に控える都市はほぼ完全に無人。俺たち以外は誰もいないこの状況であるから、多少建物が壊れたとしても問題ない。
マリエルはその巨体を生かしきれず、俺たちの必死の抵抗に敗れたのだ。
「…………」
マリエルは完全に沈黙した。
肩の裂傷は腹部まで至る巨大な傷となった。その裂け目から血とともにおびただしい量の体液と、ぐちゃぐちゃになってよく分からない内臓が露出している。
もはや……誰がどう見ても致命傷だ。
これが……かつて異世界で苦戦した大妖狐マリエルの……末路か。
感傷に耽っている余裕はない。
マリエルは倒した。だがこの地で暴れまわっているのは、彼女だけではない。
空を飛び猛威を振るう……魔族三巨頭最後の一体。
悪魔王イグナート。
奴を倒せない限り、この戦いは終わらないのだ。
「マリエル……まさかそなたまで逝ってしまうとはのぅ」
大地に立つイグナートが、一人、そんなことを呟いた。仲間の死は彼にとってとてもショックだったようだ。
「この世界に転生し、第二の生を得た我ら。しかしゼオンが死に、マリエルが死に、多くの魔族が勇者に殺されてしまったのう」
嘆いている。
仲間の死を。
思いやりがあるというよりは、今、こうして追い詰められているこの状況自体への嘆きだろうか。
「おお……魔王陛下。申し訳ございません。あなた様にいただいたチャンスを、このような形で無駄にしてしまい、わしは本当に心苦しい。どうしてこのようなことになってしまったのかのう……」
「こっちの世界でおとなしくしてれば、こんなことにはならなかった。お前らがこの国を侵略して、多くの人を殺して戦いに明け暮れた。だからこうして報いを受けてるんだ。自分だけ被害者面するなんて 虫が良すぎるだろ」
「黙れっ!」
俺の反論に、イグナートは吠えた。
編に挑発するのはよくないかもしれない。でもこいつがあまりに被害者面で、俺たち人間のことを何も思っていなくて、そんな態度が我慢ならなかった。
この無人の都市にだって、昔は人がいっぱいいたのに……。
「人間ごときになにが分かる! 戦ってこそ魔族! それが魔王陛下に示すわしらの忠義! わしは逃げぬ、最後まで戦い続けるのみ」
「だったらお前は死ぬだけだ。それがこの世界で死んでいった人々への、せめてもの罪滅ぼし」
「…………」
イグナートは翼を広げ、空を駆けあがっていった。
「〈白刃〉っ!」
俺の〈白刃〉は届かない。
アメリカ軍と思われる兵士たちの追撃、そして魔法による攻撃もイグナートの上昇を止めることはできない。
そして周囲に舞っていたペガサスを攻撃して、イグナートはさらに上昇していった。
「…………」
高い。
まずいな。
鳥が少し空を飛んでいるのとは違い、明らかに高い位置で静止したイグナート。、雲を超えているのはもちろんのこと、ひょっとするとエベレストかなんかより高いのかもしれない。
もちろん、この位置になると肉眼で拝むのは難しい。
まさかあのセリフの後に逃げるとは思わないが、もう肉眼では確認できない位置だ。
「たっくん、これを」
近づいてきたりんごが、そう言って俺に四角形の宝石を渡してきた。
これは魔族からもらったマジックアイテムの一つで、〈キューブ〉という名前。高いところにいる鳥や雲の動きを見るために用いるものだ。
敵の索敵にも使え、あまり離れていなければ高いところにいる敵を映し出すことができる。
俺は操作方法を思い出し、〈キューブ〉を起動させる。すると遥か空の上で静止しているイグナートの姿を映し出すことに成功した。
「…………」
一心不乱に魔法陣を描いているイグナート。この形は……確か……
「〈究極光滅魔法〉……」
一撃で都市一つを破壊しかねない恐るべき魔法。
空にいるイグナートは、かつてのように遠距離から俺たちを根絶やしにしようとしているらしい。あの時は聖剣でぎりぎり回避できたが、この遠さでは……。
新作の投稿を始めました。
『王宮トイレ清掃員、エルフの奴隷に職を奪われ追放されたので、魔族を倒したり大事件を解決しながら田舎で大活躍 ~いまさら城のトイレを直してくれと言われても……』です。
よければ読んでみてください。




