卑怯な攻撃
優と別れた俺たちは、この都市を出るため支度を整えようとしていた。
しかしそんな俺たちの前に現れた、巨大な黒い影。
魔物……か?
はるか遠くに見えていたはずの魔物は、信じられない速度でこちらに近づいてきている。
そして距離が縮まるとともに、その姿が露わとなった。
狐だ。
全身が毛皮で覆われた、耳が特徴的なこの動物。もちろん地球に存在するようなサイズではなく、ビルにも匹敵するかのような巨大さだ。
で……でかい。
しかもこのプレッシャー。本当にこいつは魔物なのか? いままでこんなに強そうな個体に出会ったことないぞ。
この力は、魔物というよりもむしろ魔族の……。
「久しいな……勇者よ」
突然、その大狐が言葉を発した。
「そ、その声は」
俺はこの声に聞き覚えがあった。
こいつは……そう、異世界で出会った魔族たちの中でもゼオンと同格の上位魔族。かつて大戦の末にやっと滅ぼした……。
「大妖狐マリエル」
前に出会ったときは、少し背が高い程度の女性の姿をしていたはずだ。
しかしこの姿はなんだ? 確かに奴は狐耳をしていて獣人っぽい恰好だったが、この巨体が真の姿だというのか?
この世界に転生するためには、向こうの世界で死ぬ必要があった。
死ぬために、手加減していたということか?
「あの時とは違う。もはや手加減など不要」
「然り」
マリエルの巨体に隠れていたその魔族が、俺たちの目の前に現れた。
巨体のマリエルと比較して、その大きさは常識的といっても過言ではないだろう。背の高さなら俺たち人間と全く同じだ。
だがその背についた蝙蝠のような翼は、奴の身長の四倍から六倍程度の広さを誇っている。これだけ大きいなら、高速で空を飛ぶことも十分に可能だろう。
「お前は……イグナートっ!」
イグナート。
忘れもしない、この都市にクレーターを残した実力者だ。
「ゼオンを殺したというのは、どうやら本当のようじゃな」
「……だったらどうする?」
「ならば、わしらと戦う義務があるということじゃ。わしはゼオンのように甘くないぞ」
そういって、イグナートはこちらに迫ってきた。
「…………〈白刃〉っ!」
すぐに〈白刃〉で迎撃を試みるが、空を駆ける奴にとって俺の攻撃を避けることはたやすい。
再びの接近に身構えた俺だったが、イグナートにはそのつもりがなかったようだ。
奴は俺を無視して、後ろに着地した。
「くそっ!」
後ろには、俺がさっき後方に退かせた妻たちがいる。
奴は始めからこれを狙っていたんだ。
こいつらは、ゼオンのように甘くはない。
異世界でも俺の妻たちに危害を加えた。戦闘要員だからとかそうじゃないとか、そんな甘ったれた理由は関係ない。
今にして思えば、ゼオンが異常なだけだった。普通に敵を倒すだけなら、弱い奴から狙いを定める。
「万物を貫け我が魔法――〈黒槍〉っ!」
イグナートは魔法――〈黒槍〉を起動させた。それは彼の魔力を凝縮させた巨大な槍だった。
翼を広げたイグナートと同等の長さを誇る槍。
あんなものをくらってしまったら、死体すら残らないかもしれない。
イグナートは魔法の槍を投擲した。
風を切り進むその槍の威力は絶大。究極光滅魔法ほど広範囲ではないが、数人を同時に吹き飛ばすには十分だった。
「みんなああああああああっ!」
俺はすでに聖剣の技を放っているが、イグナートの攻撃の方が早い。
ま……まさか……こんなところで……俺たちは終わってしまうのか?
こんな……未来が……。
絶望に打ちひしがれていたその時、何かの弾かれる音がした。
イグナートの放った〈黒槍が空に向かって弾かれたのだ。
防げた?
一体誰が?
「……この間は、ずいぶんとお世話になりましたね」
そう言ったのは、白い翼を生やした天使……ミカエラ。
彼女は白い鎧と白い槍を身に着けていた。
「ミカエラ? それは?」
「聖装アミルシオン。かつて魔族と戦うときに開発された、天使のための武具であると聞いています」
大戦時の天使の武器か。
かつて異世界で魔族と天使たちは大きな戦争をしていたらしい。結果として天使は敗退したらしいが、その時の装備ともなればそれなりの威力はあるだろう。
少なくとも、イグナートの魔法をしのぎ切れるほどには……。
エドワードたちが持ってきたアイテムの一つかな?
「ほぅ、やはり天使を逃がしたのはお前たちじゃったか。あの人を見下し蔑む種族すら味方につけるとは、勇者という人間は本当に恐ろしい」
「私はこの方に真実の愛を教わりました。争いや蔑みからは何も生まれません。あなたたち魔族が私たちを倒そうというのであれば、私たちもあなたたちを全力で叩き潰し、この世界に愛と平和を勝ち取って見せますっ!」
「かっかっかっ、言いおるわい!! ならばその古臭い技術で、わしの力をすべて防ぎきってみせよっ!」
イグナートの猛攻が始まる。
それを槍でさばき、防具で防ぐミカエラ。しかし彼女の旗色が悪いように見える。
天使は魔族に勝てなかった。彼女だけに戦いを任せていては……全滅してしまう。
「りんご、エリナもイグナートを止めてくれ」
あそこに控えているのは、何も非戦闘要員だけではない。聖剣使いや魔法使いだって残っているのだ。
俺の声に従い、硬直していた戦闘要員たちが動き始めた。
「俺は大妖狐マリエルを止めるっ!」
俺は目の前にどっしりと構える巨体……大妖狐マリエルに剣を向けた。
春樹の工作も、一歩遅かったみたいだな。
やはりゼオンというのは、俺たちにとっても魔族たちにとっても重要な存在だった。奴の死はあまりにでかすぎた。
もはやこれは全面戦争だ。俺と魔族、どちらが生き残るかの戦い。
「行くぞっ!」
俺は駆け出した。




