優との別れ
東京、とあるビルにて。
〈エコー〉の件を報告するため魔王のもとを訪れていたイグナートとマリエル。彼らがそこで聞いたのは、驚愕の事実だった。
「ゼオンが死んだ」
その事実を、イグナートたちがかみ砕き理解するには……十数秒を要した。
それだけ、ありえない言葉だったのだ。
「それは誠ですかのう、魔王陛下」
「にわかに信じられぬ話」
この世界に来て以来、魔族たちは数多の戦いを経験した。
多くの場合魔族たちの圧勝で終わったが、時として人間に捕らわれたり……あるいは殺されたりする者も存在した。
しかしそういったものは例外なく中・低級魔族である。上位魔族で死んでしまったのは、下条匠と交戦した可能性の高い神雷のジギスヴァルトのみ。
ゼオンは上級魔族のさらに上を行く、魔王に次ぐ存在の『幹部』クラスの実力者だ。その死は魔族たちにとって、衝撃的なニュースである。
「二つの聖剣が激しく火花を散らす……そのような魔力の波動を感じた。人間に聖剣を扱うものは少なからず存在するが、魔族ではゼオンを置いて他にはいない。あれはまさしく、人間とゼオンの戦いだったのだろう」
「その戦いに、ゼオンは負けたのですかのぅ?」
「戦いの波動はついに途切れ、魔剣と聖剣は回収された。幾多の剣を宙に浮かべるゼオンの力――〈千刃翼〉。我があの波動を違えるはずはない。まぎれもなく……ゼオンは倒されたのだ」
魔王に全幅の信頼を寄せるイグナートたちにとって、ゼオンの死は疑うことのできない事実となった。
「では誰が……ゼオンを殺したのですかのう?」
「例の勇者、その可能性が高いと我は見ている。波動を感じた場所は、イグナートよ、そなたが〈究極光滅魔法〉を放った地であるゆえ」
魔王の魔法は強大だ。
しかしそんな魔王と言えど、はるか遠く離れた地で戦う者たちの姿まで確認することは難しいらしい。時間と準備があれば可能だったかもしれないが、今回の戦いは唐突に起こった出来事であるからなおさらだ。
しかしかの地は、勇者下条匠と縁の深い土地。そんな場所で殺されたというのなら、下条匠とその仲間たちにとどめを刺された可能性が高い。
「イグナート、そしてマリエルよ。すぐ現地へ向かえ。場所はイグナートが知っているな?」
「はっ」
しばらく前、魔法によって都市にクレーターを作り上げたイグナートだ。当然、あの場所のことは覚えている。
「下条匠を殺せ。我らに……敗北などあってはならないのだ」
魔王は、別に下条匠に恐怖を感じているわけではない。
かといってゼオンの敵討ちがしたいわけでもない。
許せないのだ。
魔族という種族が、弱い人間に負けてしまったというその事実が。
魔族は強者でなければならない。
「はっ!」
「お任せください。魔王陛下」
悪魔王イグナート。
大妖狐マリエル。
魔王の命でなければ、共闘などありえない状況だっただろう。
強大な二体の魔族は、下条匠たちの住む都市へと駆け出した。
*************
ゼオンの死体は、俺が倒した時からそのままの状態で放置されていた。
埋葬するほどの仲でもないし、俺たちもここから逃げ出すということで急いでいたから、完全に無視していた。さすがに一日で動物に食われたり白骨化したりはしないようで、生前の姿がはっきりと残っている状態だった。
「じゃあ俺が……」
優がサクッとゼオンの首を切った。
魔族って人間みたいな姿してるからな。これはちょっと……グロいかもしれない。
「これ、腐ったりするのかな?」
「念のため魔法で凍らせておけばいいんじゃないのか? りんご、頼めるか?」
「うん」
りんごが氷系統の魔法を使って、ゼオンの首を凍らせた。
「じゃあ俺はすぐに春樹のところの行くよ」
「そうだな、ここはもう危ないと思うから、早く離れた方がいい。俺たちももうここには戻らないかもしれない。連絡を取るときは春樹経由の無線で知らせてくれ」
俺も優から衛星無線を貰った。これで春樹たちとすぐに連絡を取ることができる。
「じゃあな、みんな元気で。あと、一紗にもよろしくって伝えといてくれ」
優……一紗は加藤の薬で大変な目に……。
まあ、あえて不安にさせるような話をする必要はないと思った。
駆け出した優は、近くに止めてあったバイクへと跨った。
これがこの地域での彼の足らしい。
フルフェイスのヘルメットを身に着ける姿は様になっている。優はそのまま無人の道路を駆け抜けていった。
「またな、優」
俺たちは優を見送った。
出会いがあれば、別れもある。
俺たちは異世界に帰るつもりだ。だけど……戻る前に一度だけ、春樹や優と顔を合わせておきたいな。
ともかく、ゼオンの首を宣伝すれば向こうにとってもこちらにとっても利益がある。優がしっかりと首を届けてくれることを祈るばかりだ。
「匠、そろそろ……」
と、つぐみに言われてはっとした。
すでに優の姿は見えなくなっていた。感傷に浸りながらぼんやりと考え事をしていたら、すっかり時間が経過してしまっていたということだ。
いけないいけない、早くこの都市を去らないといけないんだった。
「よし、みんなとりあえず校舎に戻ろうか」
そう言って、俺は先陣を切るように前へと駆け出そうとして……止まった。
「あ……あれは……」
そちらの方を見たのは、偶然だった。
はるか遠くに聳え立つ山。その合間を縫うような谷の底に、うごめく黒い影が見えた。
巨大な魔物か?
こちらに向かってきているように見えるが……あれは。
「みんな、少し下がってくれ。あっちから魔物が来てる」
俺はみんなを後方へと下がらせた。




