怯えた男たち
外国人のふりして、一紗が男たちに話しかける。
「スイマセーン」
怪しげな発音は、いかにも日本語覚えたてといった感じ。一紗のことを良く知らない人間なら、確かに外国人と勘違いしてもおかしくない。
「アノー、スイマセン。ワタシら、ここ、どこ? 分からない? オシエテ、オシエテ」
「……」
そんな一紗に近寄ってきたのは、スキンヘッドの男。彼の頭部……右側には目立つ特徴があった。
タトゥーだ。
ドクロが薬瓶をかみ砕いている様子の描かれたそのタトゥーは、人を怖がらせるには充分過ぎる効果を発揮している。気の小さな子供なら泣き出してしまうかもしれない。
やっぱり……真っ当な人間じゃないなこの人たち。
災害が起きたこの町に、窃盗のために来たのだろうか?
「へへへへへ…………」
「見ろよあの女……信じられねーほどに上玉だぜ」
「やっちまおうぜ。男一人、どうにでもなる」
…………。
まずいな、明らかに友好的じゃない。
俺たちに緊張が走る。
一紗は近くに隠してあった魔剣を取るため、走り始めた。
だが――
「おらよっ!」
スキンヘッドの男が薬瓶を投げた。
「……っ!」
「一紗っ!」
油断した。
まさか薬を投げてくるとは思ってなかった。
異世界ならこんなミスはしなかった。魔族でも人間でも、この世界では考えられないような荒くれ者が多い。命の危険が関わることだから、武装は絶対に手放さない。
だけどここは異世界じゃなくて俺たちがもともと住んでいた世界。しかも比較的平和とされている日本の都市だ。蹴られたり殴られたり、なんてことは想定してたけど……まさか毒薬を投げつけてくるなんて……。
「あ…………」
油断していたのは一紗も同じだった。蓋の外された薬瓶はピンク色の煙を撒き散らしながら地面へと落ちる。それなりの拡散力で、とても避けられない。
「一紗っ!」
俺はすぐさま一紗を抱き寄せた。
思い立ってすぐ行動したのだが、薬の拡散速度があまりに早すぎた。俺は吸っていないものの……一紗は少し肺に入ってしまったかもしない。
「う……」
「お……おい?」
「あ……あぁ……あぁ……」
やはり毒薬の影響を受けたのだろうか、一紗の息は荒く、顔も熱があるように真っ赤になってしまっている。
「はぁはぁはぁ……」
「え?」
か、一紗?
何を思ったのか、一紗は俺の下半身に縋り付き、ベルトを緩め始めた。
「……はぁはぁはぁ、ごめんなさい匠。あんたの×××……ちょうだい」
ちょ、頂戴って。ここ、外でみんなが見てるんだぞ?
「ひゃはははは、薬が効いてきたぜ」
「男ぶっ殺してこの女連れて帰ろうぜ」
俺の下半身に縋り付く一紗。
そして殺意すら見せ始めた荒くれ者たち。
どうする?
いや、仕方ない。
悩んでいる暇なんて、ない。
「一紗、すまないっ!」
俺は即座に一紗を気絶させた。そしてすぐに先ほど隠しておいた魔剣を手に取った。
「解放、魔剣グリューエンっ!」
たとえ魔法も魔剣も使えない、この世界の住人だとしても。
俺の大切な家族に手を出した奴は許さない。たとえ世界に俺たちの存在がばれたとしても、一紗を守って見せるっ!
「……燃やし尽くせ、〈炎帝〉」
魔剣グリューエンは炎を司る。中でもこの〈炎帝〉は、巨大な炎の刃を発生させて相手にたたきつける技である。
といっても、そのまま全力で放ってしまったら男たちは消し炭になって死んでしまう。そこは威力を調整して、足元がちょっと焼ける程度にしておいた。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいっ! ほ、炎が! いきなり炎がでてきた!」
「な、なんだよこれ!」
「助けて……助けてくれ」
無理もない。
ここは異世界じゃなくて普通の世界。剣を振り回しただけで炎が出るなんて、常識的に考えてありえないのだ。
怯えた男たちは先ほどの威勢がなくなり、俺に近づこうとしない。しかしやがてスキンヘッドの男が前に出てきた。
「あ、あなた様は……魔族様ですかっ!」
は?
「そ、そんなつもりじゃなかったんだ! ま、魔族様とは知らず ど、どうかお許しくだせぇ」
さっきまで俺のことをニヤニヤしながら眺めていた男たちが、一斉に頭を下げた。
魔族? 俺が?
意味が分からない。
こいつら、ドラッグキメすぎて頭がおかしくなってんじゃないのか? いや、それとも俺が夢を見ているのか?
……落ち着け。
どうやら、俺は魔族と勘違いされているらしい。
魔族。
それはファンタジー世界によく出てくる敵。人外の異形。
奴らの言っている魔族が俺の知っているような人外の魔族なのか、それとも何かの比喩表現なのかは知らない。
ただそれは奴らにとって頭が上がらない存在らしい。おそらくは俺が魔法を使ったから、そう勘違いしてしまったのだろう。
ならば…………。
「そうだ、俺は魔族だ」
ここは、魔族のふりをしておこう。その方が情報を引き出せる。
といっても、本当の魔族でない俺が完璧に真似をするのは不可能だ。ひょっとするとばれてしまうかもしれない。
でももし仮にばれたとしても、この魔剣を使って蹴散らしてしまえばいい。
「この女は俺の奴隷となる女だった。お前たちに傷つけられてとても不愉快だ。何の薬か正直に言え。さもなくば……」
「ひっ……」
魔剣をちらつかせ、俺は男たちを威嚇した。
男たちの口ぶりから察するに、こういうキャラで合っていると思うが……。
「す、すんません! ど、どうかお許しを……」
この様子。どうやら魔族と言うのは相当恐れられているようだな。会ったら命を失うかもしれない、そのくらいの怯えを感じ取れる。
荒くれ者のこの男たちでも、魔族のことを格上だと認識しているらしい。
「さ、先ほどの薬は〈イシュタル〉と呼ばれる媚薬でして、その……女が男の×××を欲しくてほしくて仕方なくなる……そんな代物っす。あ、魔族様や人間の男には効果がないのでご安心を」
「解毒剤はないのか?」
「へへへ、すんませんっす。俺たちゃ媚薬ばら撒くのが専門でして、治すことは無理なんですわ。加藤さんなら解毒剤も作れると思うんですがね」
「……っ」
か……加藤……だと。
そんな馬鹿な……。
加藤、薬。その二つのキーワードに、俺は一人の人物を思い出した。
加藤達也。
加藤達也は俺のクラスメイトであり、かつて異世界に渡ったことのある男だ。
なぜ……加藤の名前がここで?