ゲオルクと御影
下条匠の妻とその子供たちが、時任春樹と合流した。
匠にとって喜ばしいそのニュースは、彼に伝わるよりはるか前に……遠く離れたアメリカの地にもたらされていた。
アメリカ合衆国、ホワイトハウスの一室にて。
大統領補佐官ジョージ・ニコルソンは部下の報告を受けていた。それは匠の子供たちが時任春樹と合流したという内容だった。
情報をもたらした者は、国益のためと理解してのことだろう。だがこのジョージ・ニコルソンは、この国のことなど何一つ考えていなかった。
彼の正体は魔族――迷宮宰相ゲオルク。ゼオンやイグナートと同様に、この異世界に転生を果たした魔族の一体である。
自らの傀儡人形を大統領とし、この国を影で操る恐るべき存在であった。
アメリカを影で操るゲオルクは、CIAの諜報網を駆使してずっと監視をしていた。
時任春樹の監視だ。
自分はもはや死んだ後であったが、かつて園田優と時任春樹は異世界で活躍していたことがある。それを他の魔族から聞いたゲオルクは、もしものことを考えてずっと監視をしていたのだ。
もし、下条匠が異世界帰還を果たしたら?
家族に自分の安否を知らせるかどうかは怪しいところだ。異世界で暮らすつもりなら、余計な再会は控える可能性がある。
だが事情を知る友人たちに接触を図る可能性は高い。何か困ったことがあるならなおさらだ。時任春樹の父は政治家であり、潤沢な資金もある。当てにするにはもってこいの人物ということだ。
そして見事、ゲオルクの予感は的中したというわけだ。
(安全なところに子供たちだけでも避難、と。ヒヒヒ、ある程度予想できた対応ですが……それは悪手でしたね、勇者殿)
時任と子供たちの合流を聞いたゲオルクは、いよいよ復讐のための行動を始めることにした。
かつて異世界で自分を殺した、勇者下条匠への復讐だ。
といっても、ゲオルク自身が戦闘や殺人を行うつもりはない。
むろん、ゲオルクにとって人間一人を殺すことはたやすい。たとえ異世界人で魔法や聖剣が使える相手であってもだ。下条匠や長部一紗レベルであれば危険ではあるが、他の有象無象であれば問題ない。
しかし、ゲオルクは直接リンカやエドワードに手を下すつもりはなかった。
確かに、最愛の息子たちが死ねば下条匠は大いに苦しみ、復讐としては申し分ない結果となるだろう。だがその悲しみはやがて恨みとなり、ゲオルクを殺すための原動力となるかもしれない。
復讐は復讐しか生まない、などと偽善者のようなセリフを吐くつもりはないが、命を狙われる危険性は排除しておきたいのだ。
ゲオルクは考えた。どうすれば自分が手を下さず、復讐を完遂できるか?
その答えが、この電話であった。
「お久しぶりですミスター御影。私のことを覚えていますか?」
〝ああっ、アメリカにいる魔族さんだよね? うん、覚えてるよ。久しぶり〟
かつて異世界で多くの悪事を働いた加藤達也と御影新。
彼らはこの世界において魔族たちと関係を持ち、互いを支援し合う関係であった。中でも世界各地で慈善事業を行う(ことになっている)御影は、アメリカにいるゲオルクとも少なからず接触していた。
「キヒヒ、今日はあなた様にご報告したいことがございまして、こうしてお電話を差し上げましたのです。先だってあなた様に送った画像は、すでにご覧になりましたか?」
〝ああ、見た、見たよ! すごく、すごくかわいい女の子だったよね。少し気の強そうで、冷静で冷たそうで。ああいう子供にさ、僕みたいな年上の男を分からせてやるのが、好きだなぁ……〟
ゲオルクが送った画像とは、下条匠の子供が写された写真のことだった。
リンカとエドワード、二人の写真。
しかし御影はリンカの話しかしなかった。そしてそれは、ゲオルクとしても想定の範囲内だった。
〝ね、ねえ、この子なんて名前なの? 教えてよ〟
「リンカ、という名であると報告を受けています」
〝リンカちゃん……リンカちゃんって名前なんだね。うへへ……リンカちゃん……、かぅわぃいよぉ、かわいいよぉ……、はぁはぁはぁ♡レロレロレロレロ〟
おそらくスマートフォンの画面を舌で舐めまわしているのだろう。唾液の絡まる不愉快な音が、電話越しに響いている。
気持ち悪い男だ。
ゲオルクは自分の容姿が醜いことを自覚はしているが、その振る舞いまで殊更気持ち悪いようにはなっていない。むしろ余計な争いを避けるために、腰の低い丁寧な対応をしようと心がけている。
それに比べてこの御影という男は、容姿だけでなくその行動も汚らしい。その特殊かつ強力な彼のスキルがなければ、ゲオルクとて関わり合いを持ちたいとは思わなかっただろう。
「ヒヒヒ、お気に召したようで幸いです。ロリコ……おっと、子供好きのあなた様であれば必ずや気に入ってもらえると、確信しておりました」
〝この子、どこの誰なの? すぐに迎えに行きたいんだけど〟
「この子はあなた様に無礼を働いた勇者……下条匠の娘です。現在は京都にある時任春樹の家にいます」
〝え……ええええええええええ! なんでなんで? だってあれからまだそんなにたってないのに、どうしてこんな大きな子供が〟
「異世界とこの世界は時間の流れが違うのです。この子供たちはつい先日この世界に来たばかりなのでしょう」
〝……そうか、あの男の子供なんだ〟
下条匠と御影新。
その複雑な因縁は、ゲオルクも知っている。
〝あ、あ、あいつが悪いんだ。僕から乃蒼を奪うから。クラスのみんなを抱いて、子供に囲まれて幸せに暮らすなんて絶対に許さない。そ、そうさ、これは天罰なんだ! 僕はあいつに……罰を与えなきゃいけないんだっ!〟
「………………」
電話が切れた。
ゲオルクとしては満足のいく展開だった。
御影新の常軌を逸した性的指向は、ゲオルクも理解している。彼であればもっとも下条匠にとって辛い結果を残すことになるだろう。
ゲオルクが直接手を下す必要はない。
あとはただ、彼が事を起こすのを眺めているだけでよいのだ。
ここでゼオン編は終了になります。




