剣の議論
ギリギリでゼオンの〈真解〉を防ぐことができた俺。
だが頼みの綱のアイテムが破壊されてしまった。奴の聖剣がどれだけ弱かったとしても、最終奥義の力は強大だ。
口喧嘩で言い返すことができても、実力がともなっていないようではどうしようもない。
「……口だけはよく吠えるな、勇者よ」
ゼオンは俺の悪口に何も感じていないらしい。表情を変えないまま……聖剣をこちらに向けてきた。
「それだけの大言を吐くのであれば、このゼオンの技をすべて受け切ってみせよ。確かにそなたの主張通り……我が剣は弱体化している。しかしそれでも……〈真解〉は貴様の五体を引き裂くのに十分な力よ」
「…………」
ゼオンの言う通りだ。
負ける。
このままじゃあ、負ける。
正直なところ、ここでゼオンと戦うことになるとは思っていなかった。〈エコー〉の作戦ではこの町は発見されなかったはずだったんだ。まさか奴がここを訪れるだなんて……。
「俺は……お前に負けるつもりはないっ!」
「では終わりにするとしようか? 二撃目、そなたに耐えられるか?」
「耐えてみせるっ!」
「――〈真解〉っ!」
聖剣・魔剣の奥義――〈真解〉も、奴にとっては俺を嬲るための道具でしかないようだ。背後に展開する剣は千に近い。つまり奴はこの技を千回使えるということ。
二撃目を耐えられたからといって、一体何になる?
俺は本当に……こいつに、勝てるのか?
胸中を不安が支配するなか、俺はゼオンの攻撃を受け止めるために剣を構えた。
しかし――
〈真解〉が……発動しなかった。
〈真解〉、と高らかに宣言したはずのゼオンの剣からは、何も生じていない。
「これは……」
「ぬ……」
俺だけではなく、驚いたのはゼオンも同様のようだ。奴は間違いなく俺にとどめを刺そうとしていた。それなのにこの結果は……一体?
答えはすぐに分かった。
ゼオンが持つ聖剣から、声が聞こえてきたのだ。
〝俺の子供がなぁ、あんたぐらいの歳なんだ〟
男性の声だった。俺ぐらいの子供がいるということは、おそらく中年に差し掛かった年齢だろう。
おそらくは大病を患い、余命を宣告された病人。だからこそこれまでゼオンに従ってきた……そのはずだったのに?
「あんたは……俺に味方してくれるのか? どうして?」
〝その年で、この国のためとか、弱い人間のためとか、正義を掲げて命を懸けるなんてな。俺はなんだかよ……自分が悲しくなっちまって……〟
「…………」
ゼオンは建物を破壊し、人を殺す。
たとえ奴がどれだけ恩人だったとしても、罪を罪と感じてくれる人間も……いたということか。
〝馬鹿かお前は! 俺たちを病から救ってくれたこの方を裏切るつもりかっ!〟
〝恩知らずが! 恥を知れっ!〟
案の定、後ろに控えていた聖剣・魔剣たちから怒声が響いてきた。今ゼオンが持ってる聖剣は、彼らにとって明らかな裏切り者なのだから。
〝そ、そりゃこの魔族さんには感謝してるさ。けど、それで人を殺していい理由にはならないだろ? 俺たちは魔族じゃない、人間なんだぞ?〟
〝俺も……もう人は……殺したくない〟
一人だけではなかったようだ。
裏切り者を罵る罵声の中に、ぽつり……ぽつりと俺に味方してくれる人たちの声が聞こえる。
〝うるせええええええええっ! 他人がどうした? 家族がどうした? 俺たちはあれだけ苦しんだんだぞ! 恩をあだで返すのか?〟
〝こんな歳の若者が、みんなを守るために戦ってるんだぞ? あんたたちは何も感じないのか?〟
〝黙れえええええっ! 俺を裏切った世界に何の意味がある! 俺の主はこの魔族さんだけだ! 俺は絶対に裏切らないぞ!」〟
〝本当に主のことを考えているなら、過ちを止めるべきだ。体も心も弱かった俺たちは、誰よりも犠牲になった弱い人々の心を知っているはずだ〟
〝きれいごとを言うなっっ!〟
〝お前たちはそれでも人間かっ!〟
みじめな俺の姿が……逆に彼らの心を動かしたのかもしれない。
ゼオンが背後に展開した約千本の刀が、恐ろしい勢いで議論を始めている。彼が正しいのか、俺が正しいのか? 人として正しいこと、自分の苦しみ、そして忠誠の意味。
出口の見えない難題。しかしこんな話題が生まれてしまうほどに……ゼオンに対する絶対的な忠誠が揺らいでるようだ。
「これもまた……それがしの弱さか」
醜く、聖剣たちを罵るかと思っていた。
しかしゼオンの口から出てきたのは、諦めに似た言葉だった。彼にとって強さとは聖剣・魔剣を扱うことすべてであり、こうして抵抗されてしまったこともまた……己の弱さと認めたのかもしれない。
……チャンスだ。
もめごとに乗じて奇襲を仕掛けるなんて、卑怯かもしれない。
でも俺は決めたんだ。この世界を救って、そして子供たちと一緒に異世界へ戻るって。
俺は迷わない。
ここで奴を殺せるというなら、全力で叩き潰してみせるっ!
「――〈真解〉っ!」
俺の〈真解〉は相棒の聖剣――ヴァイスとの間に生まれた絆の証。
付き合いの短いゼオンの聖剣・魔剣たちとは違い、ずっと苦楽を共にしてきた仲間なのだ。
だから、ゼオンみたいに不発にはならない。
「〈真解〉っ!」
即座に反応したゼオンは〈真解〉を発動。
が、これも不発。
〝お、俺は……そんなつもりはっ! すまねぇ……許してくれ〟
聖剣が拒絶した、というよりも、〈真解〉が発動できなかったということか。この技には聖剣との意思疎通が不可欠なのだ。少しでもゼオンのやり方に疑念を抱いてしまえば、たとえ本人が八割方協力するつもりでも失敗してしまう。
ここまで来て『ゼオン死ね』なんて思っている聖剣・魔剣はいないだろう。しかし非人道的な魔族たちの行いが、確実に彼の持つ剣たちへと不安と罪悪感を伝えている。
刀神ゼオン。
かつて異世界で俺が勝利した魔族。
あの日の勝利を、今、この世界でも再現してみせるっ!




