リフレクター
聖剣・魔剣には、元となった人間が存在する。
彼らは刀神ゼオンの魔法――〈剣成〉によって剣にされてしまった人々だ。
敵である魔族によって剣にされてしまったのだから、本人だって快く思っていないはずだ。俺が声をかければ、必ずゼオンに対して牙をむいてくれる。
それこそがゼオンの弱点。
そう思って……いたのに。
ゼオンは……弱点を克服してしたのだ。
「ふっ、それがしとて馬鹿ではない。弱点を克服することもまた、修行の一環よ」
修行、か。
どうやら俺に負けたことを根に持っていたらしい。圧倒的な力を持っていながら、己の弱さを理解し修行に励んでいたのか。
俺はこいつに……勝てるのか?
「……いささか残念な結果ではあるが、勇者よ。これ以上策がないというのであれば、次の攻撃で敗北を認め、おとなしく死ぬがいい」
「…………」
「――〈真解〉っ!」
〈真解〉。
それは聖剣・魔剣使いの最終奥義。剣と使用者の心、二つが重なって初めて生まれる奇跡の技。
瀕死の病人たちが捧げるゼオンへの忠誠。それがこの力を生み出してしまったのか。
聖剣によって生まれた巨大な光の柱は、天を貫き大地を揺らした。それがこのままこちらに迫ってくるのだから、逃げ出すような時間もない。
…………覚悟を決めるぞ。
俺は、その攻撃を受けた。
「……ほう」
ゼオンが感嘆の声を漏らす。
そう。
俺は……生きていた。
ゼオンの〈真解〉は強力な一撃だ。だが、敵の中に聖剣・魔剣を使ってくる者がいることを知っている以上、俺が何も対策を取らないはずがない。
「〈リフレクター〉とは、懐かしいものを見た」
俺が持っていたのは、一枚の鏡。
これは〈リフレクター〉と呼ばれるアイテムだ。
これは聖剣、魔剣の力をある程度吸収・反射し、無効化することができる。異世界で俺の味方となった天使たちが……エドワードに持たせてくれたアイテムの一つだった。
「どうやら、それがし不在の間に……向こうの世界ではいろいろとあったようだな」
ゼオンたち魔族は天使と争っている。その戦争時に……このアイテムが天使によって開発されたらしい。奴の聖剣・魔剣の力に特化した能力だ。
聖剣・魔剣の力を防ぐことができるなら、ゼオンの力のほとんどを封じられたのと同じ。勝機は見いだせる……。
……が。
かつて天使たちは戦争で魔族に敗北した。ということは、こんなアイテムだけじゃあどうしようもないほどに……追い詰められていたということだ。
「いかに天界の叡智が優れようと、真の力に勝るものはなしっ! 下手な小細工でこのゼオンを倒せると思うなっ!」
アイテムで防ぐ、という軟弱なやり方がご立腹だったのだろうか。ゼオンの口調がきつい。
ゼオンは再び〈真解〉を放ってきた。さっきの剣はぼろぼろになっていたから、今度は別の剣でだ。
「ぐああああああああっ!」
鏡が砕け、俺は攻撃の余波を受けてしまうことになった。
激しい衝撃は俺の体を吹き飛ばした。幸いなことに地面が柔らかい土だったから大したダメージにはならなかったが、もし、コンクリートの市街地で戦っていたと思うと……背筋が凍る。
「天使は我々魔族に負けた敗北者! 弱き者の力を借りて勝利することは叶わぬと知れっ!」
「……く、くそ」
やっぱり、アイテム手に入れたぐらいでうまくはいかないよな。仮にも魔族の頂点に立つ幹部の一体なんだから。
だけど、分かったこともある。
「それを言うならゼオン、お前だってそうじゃないか」
「何」
「魔族に劣った弱い人間の力を借りて、剣にして戦っている。それがお前なんだ。アイテム使ってる俺と何が違うんだ?」
「…………」
「それに今の一撃。お前らしくもない……ずいぶんと手加減した攻撃だったな」
そう……。
今の一撃、異世界での威力だったら確実に俺は死んでいたはずだ。確実に弱くなっている。
〈リフレクター〉が力を吸収・反射してくたから……というのもあるが、そもそも攻撃が放たれた時点で威力が弱かったようにも見える。
だから俺はこうして大したケガもなく立っている。
「お前は弱点を克服するために、命を差し出してくれるような病人を探した。でもそいつらが、都合よく良い聖剣・魔剣になるとは限らない。そうだろ?」
たとえば乃蒼は、癒しの能力を持った極めてレアで優れた聖剣となった。
俺の持つ聖剣ヴァイスも、聖剣の中ではかなり高ランクに位置している。
かつて小鳥が所持していたベーゼは、呪いの魔剣として破格の力を持っていた。
ただ、これらはあくまでレアケース。普通の聖剣・魔剣は多少の火を噴いたり水を吐き出したり。使用者の適正によって威力に差があるものの、いわゆるレアな剣たちとは違って明らかに威力が劣るものが多い。
中には戦闘の役に立たないようなものさえ存在する。
ゼオンが素晴らしく優秀な剣を運よく引き当てることは……難しいのだ。
「……ふ、それがしまだ修行中の身ゆえ、完全なる戦闘態勢とは程遠い。だがいつか武を極め、あらゆる敵を凌駕する最強の存在に……」
「お前はもう二度と修行なんかできない。俺がここで……お前を倒すからだ」
ゼオンが異世界という環境に来てすぐ、まだ準備のできていないこの状況。ここで奴を倒すことができなければ、二度と敵わないだろう。
なんとしてもゼオンを倒してみせる。
今の俺なら……それができるはずだ。




