ミカエラ救出後……
ミカエラを救出するため、俺たちは都市の内部へと侵入した。
その作戦は……さすがに容易とはいかなかった。都市に入る前に三体、そして都市の中に入って七体もの魔族と遭遇してしまった。
低級・中級・上級と幅広い強さであったが、いずれも俺の敵ではなかった。ゼオンやイグナートレベルの相手でなければ、俺に敵わない相手はいない。
その結果、それなりに混乱はあったものの俺たちは目的の場所に到達できたのだった。
「こっちだよっ!」
りんごの先導に従い、俺たちはここまでたどり着いた。
ここはビルの屋上。
りんごの〈エコー〉が正しいのだとすれば、ここにミカエラがいるはずなのだが……。
「ミカエラっ!」
探すまでもなかった。
空調設備の近くで縛られている女の子がいた。
ミカエラだ。
俺はすぐさま縄をほどき、ミカエラを抱きしめた。
「ミカエラ! 大丈夫か! 生きてるのか?」
「もう、会えないかと思っていました」
そんなことをいうミカエラに、俺は悲しい気持ちになってしまった。
「俺がもっと早く駆けつけていれば……。許してくれ……」
「あの悪魔に体を傷つけられる日の中で、あなたとの思い出だけが、私の救いだった。あなたを思いだけで、どんな日々も耐えられた。お礼を言うのは私の方です……。私は……あなたに……ありが……とう……と……」
ミカエラが気を失った。
この瞬間死んだ、なんて悲劇的な結末ではない。俺と出会えて安心してしまったのだろうか。普通に寝息をたてて寝ているだけだ。
「なんてむごいことを……。魔族には……人を思いやる心がないのか?」
ミカエラは生きていた。しかし完全に無事だったというわけではない。
露出している肌には無数の傷跡。そして殴られたのだろうか、打撲の跡も見える。
背中には大きな傷跡が残っている。おそらく……もともと生えていた翼をもぎ取ったあとだろう。
「たっくん、早く逃げようよ。ここはきっと危ないよ」
りんごが俺を急かしてくる。
彼女たちはミカエラと再会できたことを感動していないわけじゃない。ここが危険地であるから、早く逃げようとそう言ってるだけだ。
俺みたいに感傷に浸ってる方が間違ってるよな。
久々に会えたから、つい感動の気持ちが上回ってしまった。勇者としては恥ずべき失態だな。
俺は気持ちを切り替えた。
「戻って乃蒼に治してもらおう」
俺たちは走り出した。
ミカエラを連れて都市の外へと逃げ出した俺は、すぐさまそこで待機していたつぐみと雫と合流した。
そのあとはひたすら車を走らせ、故郷へと戻るだけだった。
帰り道は全く危険がなかった。
来るときに迫ってくる魔物たちはあらかた片づけておいたからな。新しい奴がやってこなければ当然のことだ。
そして、俺たちは学園へと戻ってきた。
「これで、全員がそろったってことなんだよな? 小鳥とひよりが戻ってくれば」
校庭のグラウンドを歩く俺たち。出迎えも何もないが、軽い凱旋気分だった。
「……ん?」
妙だな。
いつも俺が帰ってくると、誰かが迎えに来てくれるはずなんだが。別にそうしろと命令しているわけじゃないんだけど、なんとなく……不安になる。
「妙だな」
どうやらつぐみも俺と同じような疑問を抱いたらしい。
「乃蒼たちが迎えに来ないの、おかしいよな? 疲れて寝ちゃったのか?」
「それもそうだが……警戒にあたっていたはずの魔物たちがいない」
「…………おいおい」
つぐみに言われて、気が付いた。
魔物は校舎にいる俺のクラスメイトたちを守るために徘徊している。敵の魔物や魔族たちを攻撃し、あるいはその危機を伝えてくれるために。
それがいないということは……。
「乃蒼っ! エリナっ! どこにいるんだ! 返事をしてくれっ!」
俺は大声でそう呼びかけた。
何かあったのではないか? そう気が付いた瞬間、心がざわついた。
ここには聖剣使いの美織とエリナがいる。並大抵の相手でやられてしまうことはないはずなのだが……。
「待ちわびたぞ、勇者よ」
校舎の影から現れたのは、俺の想像をはるかに超える大物だった。
「それがしの顔、よもや忘れたとは言わせぬぞ」
その男。
見た目は無精ひげを生やした人間の男。
袴や羽織に似た服を身に着けたその姿は、武士やサムライいった言葉が最も適切。時代劇からそのまま飛び出してきたかのような恰好だ。
奇妙な姿の男だが、俺は奴を知っていた。
忘れるわけがない。かつて激戦の末やっと倒したこの魔族の姿は……俺の記憶に強く刻み込まれている。
「お……お前は……ゼオン!」
刀神ゼオン。
魔族三巨頭の一角、史上最強の聖剣・魔剣使い。
「ど、どうしてここにいる! 俺の家族に……手を出したのかっ!」
「焦るな勇者よ。それがしは何もしておらぬ」
こともなげに、ゼオンはそう言った。
「憎い、殺したいという気持ちは戦意を高める効果があるものの、冷静さを失い戦いの質が落ちてしまう。ゆえにそれがしは敵と認定したもの仲間を傷つけたりはせぬ。そなたの家族はそれがしのことを察知し、奥の建物へと逃げたようだ」
ゼオンが指差した先は、ここから一番遠くにある体育館だった。
戦った様子はないのだから、とりあえずこいつの言っていることは本当だと思う。
「……それは、まあ……とりあえずは礼を言っておく」
「それがしがここを通りかかったのは偶然。〈エコー〉の魔法を追ってきた途中よ」
〈エコー〉を追ってきた?
追ってきてここに来たのだったら、ゼオンはここより離れたところにいた?
俺の反対側からここに来たということは、同じく反対側にいたエドワードやリンカたちと……遭遇したんじゃないのか?
俺の不安は……深まるばかりだった。




