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クラスの女子全員+俺だけの異世界帰還  作者: うなぎ
ゼオン編

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眩しい光


 避難のために西へと逃げていた、匠の子供と妻たち。

 そんな彼らの前に現れた最大最悪の災厄は、上級魔族。

 それもただの上級ではない。頂点に立つ魔王を補佐する……魔族三大幹部。そのうちの一体――刀神ゼオンであった。


 護衛としてこの車に乗っていた一人――草壁小鳥は絶望していた。

 勝てるわけがない相手なのだ。

 匠でさえ大苦戦して運に恵まれてやっと勝てた相手なのだ。しかし小鳥は、彼と同じ能力を持っているわけではない。

 隣にいる魔法使い――ひよりはなおさら敵わない。魔法は聖剣・魔剣使いと違いごく一般的であり、その威力にも限りがある。



「臆したか勇者よ! このままその箱ごと切り裂いても構わぬのだぞ!」


 箱、というのは今小鳥たちが乗っている自動車のことだろう。外から攻撃されたらひとたまりもない。

 

 ただの人間であったならこのまま車でひき殺せばよいだけの話だ。しかしゼオンは魔族としての恐るべき力と耐性を持っている。

 このまま逃げたり、車の中でやり過ごしたりできる相手ではないのだ。


「わ、私がなんとか遠ざけますっ!」


 小鳥は勢いよく外に飛び出した。


 正直、そんな自信はなかった。

 刀神ゼオンは匠が異世界で倒した敵だ。しかしその時でさえ、下手をすれば負けていたかもしれないという話だったのだ。そんな敵が小鳥に倒せるわけない。

 だが、無視すればみんなが殺されてしまう。

 それだけは、なんとしても避けねばならない展開だった。


「ほう、女か」


 ゼオンは目を細めて頷いた。女だから、と馬鹿にしている感じではあるが、かといって見逃してくれる様子でもない。

 小鳥は己の力を発動させた。

 黒い霧が周囲に立ち込める。


 それを見た瞬間、ゼオンの眉がピクリと動いた。


「そ……そなたは……まさか、黒き災厄か?」


 黒き災厄。

 その単語に、小鳥は聞き覚えがあった。

 

 かつて、まだ異世界にいた頃の話だ。

 小鳥は魔剣ベーゼと呼ばれる剣を持っていた。この剣は通常の魔剣とは異なり、いわゆる呪いの剣だった。

 邪悪な剣に見初められて以来、小鳥はずっと魔剣に操られたままだった。

 ずいぶんと暴れまわった。

 多くの人を殺し、そして魔族も殺して回った。

 恐れを込め、畏怖を込め、いつしか小鳥は『黒き災厄』と呼ばれるようになったのだった。


「ふふ、ははははははははははははははっ! これは行幸。まさかこのような場所で相まみえることになろうとは。まさに魔王陛下のお導きということかっ!」

「…………」

「さて、我らが同胞を数多葬ったその力。いかほどのものか……」


 本来、小鳥は強い。

 おそらく匠に次いで強いといってもいいだろう。その力は普通の聖剣使いであり美織や一紗とは一線を画す。

 かつて魔剣ベーゼに操られいた頃の残滓。小鳥はかの魔剣が使っていた黒い霧のような闇の力を行使することができる。


 その力はかなりのものだ。


 しかし絶大な力を持っていたのは、あくまで昔の話。

 今の彼女は妊娠している。

 それも後期……おそらく一か月後には出産しているだろうというレベルだ。


 むろん妊娠しているからといって何もできないわけではない。しっかりと魔剣や力を発動させることは可能だった。だからこそ護衛としてこの場にいるのだから。

 もっとも……万全の状態であれば学園の護衛に回っていただろうが。ここに来て最悪の敵と出会ってしまうことなど、想定していなかった。


 おそらく完全な状態でも勝てないだろう。それなのにハンデを背負ったこの状況で、圧倒的な格上と戦わなければならない。


 小鳥は腹部を抑えながら剣を構えた。意識せずとも、自然と守りたいものを庇う姿勢になってしまうらしい。

  

 そんな小鳥の姿を見た刀神ゼオンは……目を見開いた。


「そなた……腹に子を……」 


 魔族ゼオンもそのことに気が付いたようだ。人間と生態の異なる魔族といっても、異世界には多くの人間がいて……時には妊婦と遭遇したこともあっただろう。不自然にお腹の出た彼女が一体どういう状況なのか、理解できるレベルの知識があったようだ。


「なんということだ……」


 どうやら戦闘に関して相当に期待していたらしく、ゼオンは目に見えて分かるほどに失望していた。その怒りがこちらに向けば……間違いなく殺されてしまう。

 小鳥は焦った。しかし何か考えたところでどうにかできるわけもなく、ただ流れに身を任せることしかできなかった。


「ふっ……」


 やがて、ゼオンが笑った。

 戦いが……始まる。

 小鳥はそう思った……のだが。


「それがし、暗く狭い迷宮生活が長かったゆえ、太陽の光は目に堪える」


 突然、ゼオンは目頭を押さえた。


「日の光が眩しく……何も見えぬよ。そう、何もな」


 そう言って、ゼオンは動かなくなってしまった。


 小鳥は何が起こったのか理解できなかった。

 ゼオンは確かに目を瞑っている。この隙に攻撃できるほど甘い相手ではないが、こちらへの戦意は完全に喪失しているようだった。


 ふと、気配を感じて後ろを振り返った。

 すると、車の中にいる鈴菜が手招きしている。戻ってこい、と言っているかのようだ。


「…………」


 小鳥は迷った。目の前にゼオンがいるのに、逃げ出すような真似をしてよいものかと。

 しかし、今から襲い掛かったところで……何か解決するわけでもない。


 小鳥は車の中に戻った。


「えっと、あの……私……」

「分からないのかい? どうやら、逃がしてくれるみたいだ」


 と、鈴菜が言った。

 

「え……?」

「魔族にも変わった奴がいるんだね。でももし奴の気分が変わったら、その時は本当に皆殺しだ。余計な刺激はせずに、今すぐここを脱出しよう。いいね」

「う、うん」


 車が走り出しても、ゼオンは何もしてこなかった。

 小鳥たちは……逃げることに成功したのだ。


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