優の家、訪問
翌日、俺たちは校舎の外を探索することになった。
俺は一紗と一緒だった。
望みは薄いが、春樹や優の家に寄っておこうということになっている。何度か優の家には上がったことがあるから、そちらから最初に行く予定だ。
住宅街の道を歩いていると、改めてこの世界の異常性が浮き彫りとなった。
人ひとりいない公園。
電気の通っていない自販機。
野生動物の糞。
まさか俺のいない間に人類が滅亡してしまったなんてことはないと思うが、せっかく元の世界に帰ってきてこれじゃあ何の意味もない。せめて……顔見知りにでも会うことができれば……。
「優の奴、家にはさすがにいないかな。俺たちへの手紙、みたいなの残してくれてたらいいんだけど。期待薄かな……」
「優に会うのは久しぶりよね。今度うちの優も紹介してあげないと」
……と、いうと分かりにくいが、『うちの優』とは俺と一紗との間に生まれた息子――優のことだ。
一紗は俺との間に生まれた子供に、優と名前を付けた。俺の友人である園田優と同じ名前なのは偶然じゃない。
優と一紗は、異世界に行く前は恋人同士だった。しかし些細な行き違いから一紗は彼への想いを忘れ、俺と肉体を重ねる関係になってしまった。
優はスペック高かったからな。名前にあやかりたい気持ちは分かる。
「お前さ、本当に俺のこと愛してるんだよな? 実はまだ優のこと好きだったり?」
「もう息子まで生んだのよ? あんたの方が好きに決まってるじゃない。……あんま、恥ずかしいこと言わせないでよね」
照れて顔が真っ赤、と言うならわかるが心底めんどくさそうなその顔に説得力はない。
「じゃあ俺と優どっちがかっこいい?」
「優」
「頭は?」
「優」
「…………」
……異世界じゃなかったら浮気を疑ってしまうところだぞ?
などとくだらない話をしていると、いつの間にか優の家に着いてしまったようだ。
優の家はごく普通の一軒家だ。住宅街の東側に位置するこの敷地には、小さな庭と二階建ての建物が存在する。
両親と優、それから妹さんの四人で暮らしていたはずだ。
優の家は、記憶にあるそのままだった。
「おーい、優、いるか?」
「ごめんくださーい。優のクラスメイトの長部一紗です」
電気がないからインターフォンが鳴らない。俺たちは大声で呼ぶしかなかったが、当然ながら誰かが反応する気配はない。
「いないな、どうする?」
「任せなさい」
そう言って、一紗は魔法を唱え始めた。
「――〈蒼い氷槍〉」
鋭く尖った氷の槍が、施錠されたドアを完全に貫いた。
「あ、お前一紗、壊したな。優の家壊したな。あとで優に恨まれてもしらないぞ」
「あんたね、もうそんなことこだわってる場合じゃないでしょ? 緊急事態なのよ? 分かってる?」
「荒っぽいなぁ」
ドアはぶっ壊れたが、これで俺たちは一応入れるようになったわけだ。
魔法でドアを貫いたわけだから、それなりに激しい音がした。あと家も多少揺れたかもしれない。
にもかかわらず誰も様子を見に来ないところを見ると、やはりこの家は無人なんだろうな。
「中に入ったら新聞とか探しなさいよ」
「新聞?」
「もし大きな災害や戦争で避難指示が出てるなら、新聞に何か書かれてる可能性が高いわ。週刊誌や回覧でもいいわね。あとラジオ。校舎は鈴菜たちが探してるから、あたしたちはあたしたちでいろいろ見つけておくのよ。優が見つかればそれで十分だけどね」
「おお……」
さすが一紗。俺よりも頭がいい奴は、考えてることが違うよな。
優はいなかったようなので、俺たちは家探しを始めた。
すまん優。あとで再会したら弁償するからな。
俺は無人の玄関を適当に見て回っている。
靴箱、傘立ては少し埃被っていて、しばらく使われた形跡はない。どうやら……優たちもしばらくはここに戻ってきてないらしい。
……ったく、いったい何が起こってるんだ?
「……ん?」
何気なく廊下の窓を眺めていた俺は、重大な事実に気が付いた。
「おい、一紗! 人だ、誰か外にいるぞ!」
「ホント? 人がいるの?」
家の外、玄関から見て右側の道路の先。五人……いや六人程度の男が歩いてくるのが見えた。
「……よ、よかったぁ。本当に人間が誰もいないのかと思った。これでいろいろと話聞けるよな」
「そうよね、あたしもほっとしたわ」
人目を忍んで、という当初の行動計画は完全に忘れていた。
この世界は異常だ。
誰かに話を聞かなければならなかった。それがたとえ赤の他人でもいい。
俺たちはすぐさま外に出た。
走るまでもない。六人はこちらに歩いてくるように見えたから。優の家を目指してた、というよりも……この辺りを適当に歩いている感じだった。走れば十分追いつく距離だと思う。
玄関向かって右側の道路に出ると、男たちもこちらの様子に気が付いていない様子だが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
六人。
スキンヘッドの男、サングラスの男、タバコを咥えた男が三人と、太った男が一人。
一目見てわかる、ガラの悪い人たちだ。
だが恐れることはない。俺も一紗も異世界で勇者としてその力を振るってきた。魔法だって聖剣・魔剣だって使うことができる。
「一紗、魔剣貸しておく」
「センキュー」
何かあってからではまずい。俺は男たちに隠れて、一紗に魔剣を手渡そうとした。
「でも目立ちすぎるなこの魔剣、日本でこんな凶器持ってたら……警戒されるぞ?」
「ここに隠しておくわね。いざとなったら使うわよ」
一紗は近くの塀に魔剣を立てかけた。電柱の死角になっているそこは、裏から回らないと見ることができない。
「いい、あたしたちは外国人。日本語が分からないから、今、ここで何が起こってるかよく分からない。そういう設定よ。間違えないでね」
「分かってるって」
この状況、仮に戦争か何かが起こっていたとしても二日や三日の話じゃない。普通の日本人なら、何が起こってるかを知らないのはあまりに不自然だ。
だが外国人となれば話は別だ。最近は外国人労働者が工場や農場で働いていることも多い。彼らがここで迷っていたとしたら、不自由な日本語で状況を把握することは難しい。
俺たちが日本人だと知られれば、どこの誰かと聞かれる。そこでもし集団失踪の話にまで及んでしまったら、いろいろと厄介だ。
ここ一紗に任せておこう。