子供たちの避難
リンカ、エドワードたちの異世界帰還は失敗に終わった。
推測ではあるが、魔族の妨害魔法のせいのようだ。前後関係を考えるなら、これが一番可能性としては濃厚だから。
子供たちのいる生活。そして魔族との戦い。
俺たちは新たな決断に迫られた。
「問題は山積みだ」
深夜の教室で、つぐみが口火を切った。
リンカたちが寝静まったのち、またこうして集まることになってしまった。
「まず差し当たっては、この世界に残った子供たちについてか」
「子供たちは子猫さんが面倒を見てるよ。小鳥さんも一緒に」
と、乃蒼が言う。
昼間は小鳥と子猫が子供たちの面倒を見ている。小鳥は魔剣を使えるから、護衛も兼ねていた。
ただ、いつまでもこの状態というわけにはいかない。
「前々から考えてたんだが……リンカたちを関西地方に逃がさないか?」
俺は考えた。どうすれば子供たちの安全を確保できるかを。
その答えがこれだった。
「ここは危険だ。イグナートの例の魔法や、ゼオンの〈真解〉、それに未知数だけど魔王の力もある。人の力でどうにかできるものじゃないんだ。誰かを100%守れる保証なんてない」
リンカたちには安心させるため強気なことを言ってしまったが、本音ではこれだった。
「だったら、西の方に逃がせばいい。魔族が俺たちの存在を意識しているなら……向こうは安全だろ?」
「私もその意見に賛成だ。いくら匠たちが守ってくれているといっても、こんな危険地帯に残しておくわけにはいかない」
エドワードの母親であるつぐみは俺の案に賛成のようだ。
リンカの母親、鈴菜も同様に頷く。
「冷静に考えてそれが一番の選択だろうね。可能なら事情を知る時任君か……それがダメなら僕の親戚か、いずれも避難民の多い今なら異世界人を紛れ込ませることはたやすいはず。子供ならなおさらね」
「時任か……」
鈴菜の発言に俺は思い出す。
時任春樹は園田優と一緒に異世界へとやってきたクラスメイトだ。俺に子供がいる件は知らないかもしれないが、異世界についての事情はある程度熟知している。
異世界に来た時、元の世界へ帰るかどうか迷っていた俺に……彼は言っていた。『俺の親なら力になってくれる』と。あの時とは事情は異なるが、手を差し伸べてくれる可能性は高い。
「とりあえず向こうに連れていき、こちらの問題が片付いたのちに迎えに行こう」
「連れて行くとしても、誰が連れて行くんだい? 魔物、あるいは魔族への対策が必要だと僕は思うね」
そうだよな……。
関西地方まで向かうには、どう行っても徒歩じゃ無理だ。車を運転できる人間と、護衛のための人間、少なくとも二人か。
しかし魔物ならともかく魔族の相手は厳しい。ましてや幹部クラスの実力者であれば、一人の人間に太刀打ちできるわけがない。
聖剣・魔剣使いに抗える魔族に遭遇する可能性は極めて低い。しかし絶対ないとは言えない以上、万全の対策を取っておきたいところだが……。
「俺たちが離れたところで〈エコー〉を使う。そうやって魔族たちの目を引いている間に、リンカやエドワードたちを逃がせばいい」
〈エコー〉。
この捜索魔法はミカエラを見つけるために教えられたものだが、同時に敵にも俺たちの位置を伝えてしまう。
それを逆手に取れば、敵を俺たちのところに引き付けることができるかもしれない。
「危険ではないか? それでは魔族たちが匠の元に集まってくる。あまりこういうことは言いたくないのだが……匠は……魔族の幹部たちに太刀打ちできるのか?」
つぐみの辛辣な言葉が、俺の胸に突き刺さった。
そうだ。
俺はずっと魔族の幹部たちから逃げてきた。それは奴らがとても強いからに他ならない。
「リンカたちは俺のせいでこの世界に来てしまったんだ。このまま何もせずにいるなんて……耐えられない。どのみちミカエラを探さないといけないんだ。アイテムだって手に入っただろ? 俺たちは異世界で奴らを倒したんだ。大丈夫さ」
「しかし……」
「分かるだろ? このままじゃダメなんだ! 待ってても何も解決しない! もうリンカやエドワードはあんなに成長しちゃったんだぞ! 俺たちはリスクをとってでも戦わないといけない! みんなで異世界に戻るために……そして子供たちの未来のためにも!」
つい、声を荒げてしまった。
俺は焦っていた。
不本意にもリンカたちが帰れなかった件もある。そして何より、俺の心を揺さぶったのは、成長した姿をした子供たちと再会したことそのものだった。
頭ではわかっていたはずだった。時間の流れが違うから、もう子供たちは五年も十年も成長しているのだろうと。
でも実際にその姿を見て、俺は改めて実感した。時の流れを……もう向こうの世界ではそれだけの時間がたっているんだと。
俺の家、俺の国、俺の服に俺の財産俺の名声俺の絆。向こうで培った数々のものも、時がたてば風化して……消えていく。
俺たちは異世界に戻りたいんだ。子供たちと一緒に、なるべく早く。
「……私だって、匠と同じ気持ちだ。匠がそう決めたというなら、私だって全力でサポートするつもりだ」
「僕も娘たちの件は気になっていた。リスクが高いのは認めるが……反対するつもりはない」
「匠君、私も手伝うから」
「私も娘たちに早く会いたいです。だから反対なんてしません」
みんなが、次々に賛同してくれた。
「みんな……ありがとう」
これで、俺の心は決まった。
リンカたちを逃がし、おびき寄せた魔族を倒す。
危険な賭けだ。
だが、勝機がないわけじゃない。
異世界からリンカたちが持ってきた、レアアイテム。
このアイテムを使って戦況を有利にできるはずだ。
……俺たちにだって勝機はある。
ここからはゼオン編になります。




