異世界帰還、そして……
リンカとエドワードが異世界に戻ることとなった。
朝、そのことを告げた俺たちは、すぐさま二人の帰り支度を始めた。
用意できる程度のお土産と、咲への手紙。俺の屋敷に関することや大統領であるつぐみからの共和国への手紙。時間がないから簡潔にまとめたつもりだ。
それから、短い時間ではあるがエドワードやリンカと話もした。リンカの方は俺を嫌っているようだからあまり会話にはならなかったが、エドワードとは楽しく話ができたんじゃないかと思う。
そして、別れの時がやってきた。
ここは教室。
俺たちが最初に異世界帰還したこの場所で、今度はエドワードたちを見送る。
「お父様……」
エドワードが泣いていた。
せっかく会えたのに、離れ離れになるなんて悲しいよな。俺も泣きそうだよ……。
まあ、みっともないからこらえてるけど。
「エドワード、ぐずってないで早く帰りましょう」
「うう……ごめんなさい」
リンカの言葉に従い、涙をぬぐうエドワード。もう涙なんて存在しない、凛々しい少年の顔に戻っていた。
「お父様、僕たちは帰ります。こっちの世界に皆様が戻るその日を、心待ちにしています」
「ああ、また会えるさ」
子供の一人暮らしを見送る親というのは、こんな気持ちなのだろうか?
寂しくて、でも嬉しくて……。洪水のような複雑な感情は、うまく言葉に表すことができない。
さよなら、エドワード。
さよなら、リンカ。
成長した子供たちの姿を目に焼き付け、俺たちは二人を見送る。
二人が帰還の腕輪を嵌めた。あとは適当に時間がたてば発光し始め、異世界帰還の門が開く。
しばらくすると、思っていた通り二人の体が光り始めた。
これで、さよならか。
目のくらむような光だったが、俺は目を離さないようにした。たとえこの目に映らなったとしても、そこには子供たちがいるんだ。向こうからこちらを見ているかもしれない。だから俺の顔が二人に見えるように……。
しばらくすると、光が収まってきた。
「え?」
そこには、リンカとエドワードがいた。
「使い方が分からないのか?」
いや。そもそも腕輪は嵌めるだけでいい。使い方なんてあってないようなものだ。ちゃんと使えてるはずなんだ。
しかし、それでもリンカとエドワードはここにいたままだった。異世界に帰れていない。
「な……なんで……」
ここに来て、俺は事の異常性を理解した。
帰れない?
不慮の事故で、二人は異世界に戻れなくなった?
「魔族が……異世界人の帰還を妨害してるとしたら?」
小さな声で、つぐみがそう囁いた。つい漏らした独り言だったのかもしれないが、俺は感情が高ぶっていくのを止められなかった。
「バカなっ! 咲はちゃんと異世界に戻っていったじゃないか! 同じ腕輪を使っているのに、どうしてリンカとエドワードだけ帰れないんだっ!」
「それが原因かもしれない」
「……原因?」
「咲が異世界に戻った。そのことを、何らかの形で魔族側が感知したとしたら?」
魔族側が、感知?
「自分たちを殺した、強い異世界人たち。そんな恰好の獲物を逃さないため……なんらかの対策を行ったとすれば? 咲に逃げられてしまった対策として、今、魔族が帰還妨害の魔法を完成させたとしたら……?」
「そ、そんな…………」
俺は血の気が引いていくのを感じた。
魔族の魔法は人間とは異なる。
都市を壊滅させる規模の魔法――〈究極光滅魔法〉
相手の記憶を読み取る魔法――〈神の糸〉。
相手にそっくりの魔法生物――肉人形。
人を聖剣・魔剣に代えてしまう魔法――〈剣成〉。
それから名前は知らないが、相手に化ける魔法なんてのもあった。
魔族の扱う魔法は、火や水を操る人間の精霊魔法とは明らかに異なり、バリエーションも豊富だ。なかでも魔王はその叡智と魔力によって、この世界に魔族を召喚することができるほどの実力者。
呼び出すことができるなら、阻止する魔法も開発しているかもしれない。
「お父様……僕……僕は……」
もう少しこの世界にいたい、とわがままを言っていたエドワードではあるが、さすがにこの状況は望んでいなかったらしい。
「し、信じられません。こんなことが……」
この世界にいたかったエドワードでさえこれなのだから、初めから帰りたかったリンカのショックはなおさらだろう。
「安心してくれ二人とも、お前たちは必ず俺が守ってやるから。心配するな」
と、声をかけたのだが二人の表情は冴えない。
普段なら、この言葉に多少なりとも説得力があったかもしれない。
だが俺はついさっきエドワードに言ったんだ。ここは危険だと、お前たちを守れないかもしれないと。
異世界帰還を納得させるために事実を突きつけただけなのだが、今となっては不安と恐怖を煽るだけの失言になってしまった。
つまり俺がどれだけ安心させようとしても、説得力なんて皆無。
異世界からやってきた俺たちの子供、リンカとエドワード。
強力なアイテムを持ってきてくれた子供たちは、俺にとって光であり希望そのものである……はずだった。
なのに、俺が今感じているこの絶望は何なんだ?
俺たちは一体……どこまで魔族に翻弄されるんだ?
分からない。
俺は一体、どうすれば良かったんだ?
ここで異世界からの来訪者編は終わります。




