嫌がるエドワード
異世界人との対話。
子供たちとの再会。
それは俺にとってうれしいことであり、有益なことでもあった。
だが喜んでばかりもいられない。
ここは魔族たちが幅を利かせる敵地。旅行気分で息子たちをもてなすには……あまりに危険すぎる。
必要な道具はもらった。そして通信手段も得たのだ。
もう、リンカやエドワードたちがここにいる理由はない。
俺たち全員は相談の末、今日、リンカたちを元の世界に戻す決心をした。
そのことについて二人に説明した……のだが……。
「えぇ、嫌です」
事情を説明したあと、すぐにエドワードがこんなことを言った。
「俺だってせっかく会えた子供たちと別れるなんて嫌さ。でもなエドワード、お前たちの身の安全を考えたら、それが一番いいんだ」
「せっかくお父様の故郷に来たのに。僕は何年もお父様に会いたくて、お父様ゆかりの地でお父様の武勇伝を聞いてお父様と一緒に寝て普通の家族みたいに過ごしたいんです! ゼオンとの戦いやイグナートの戦いだって、今日は話が聞けると思って楽しみにしてたのに! 絶対に嫌です! いやいやいやいやですううううううううううっ! 僕は帰りませんんんんんんんっ!」
エドワードは校舎の柱にしがみついて、離れようとしなかった。その姿はこれまで俺たちに異世界の事情を説明してくれていたときとは違い、年相応でわがままに見える。
エドワード……。
子供なのに丁寧な言葉づかいで、姉のリンカが俺に対して敵対的であることを謝ったり……。
でもやっぱりこういうところは子供なんだな。大統領の息子といっても、何か特別なことがあるわけじゃない。
憧れの親に会って、もっと新しい世界を見て回りたいという気持ちは分かる……。でもだからといって危険がなくなるわけじゃない。
心が痛むけど、これも未来ある子供たちのため。
「いいかエドワード。ここは危険な場所なんだ。あの魔法のあとが見えるだろ?」
俺が指差した先には、かつてイグナートが〈究極光滅魔法〉によって生み出したクレーターが存在する。この校舎は魔法の範囲外だったものの、その絶大な威力は遠く離れたここからでも確認できるほどに大きい。
「あれはさっきお前が言ってたイグナートが放った魔法だ。奴は俺を殺すために、宣戦布告も何もなく突然あれを放ってきたんだ。俺はなんとかあの魔法の軌道をそらすことができたけど、それでも犠牲者が出てしまった。一歩間違えればお母さんも犠牲になってたかもしれない」
「…………」
「二度目がないとは限らない。その時犠牲になるのがお前だったら……俺は……」
「お父様」
「分かってくれエドワード。俺だって辛いんだ。でも……向こうの世界で安全に暮らしていってほしいっていうのが、俺たちの願いなんだ」
「は……はい……」
返事はするが、納得はしていないという顔だった。
困ったな、こういうときどうやって説得すればいいんだろう。いきなりここまで成長してしまった子供なんだ。どうすれば納得させられるか、そのノウハウが全く存在しない。
「心配しなくても、俺たちはいつかそっちの世界に戻ってくるから。その時なら、いくらでも話をきかせてやるよ」
「帰らなくてもいですよ。鈴菜お母様だけ帰ってきてくだされば……。あと私は早く帰りたいです」
と、冷たい声のリンカが言った。俺の方を見ず本を読みながらだ。
ちなみにあの本は大学の参考書らしい。向こうの技術発展に、と鈴菜がプレゼントしたようだ。
大学の……それも理系の参考書を読むなんて……。
どうやら俺の娘は相当に頭がいいらしい。だからこそ俺が馬鹿にされているわけだが……。
「エドワード、あまり父を困らせるんじゃない」
今度はつぐみが俺を援護してくれた。
「これからの人生、欲しいものが手に入らない嫌なことを押し付けられることだってある。お前はそのたびに泣き叫んでわがままを言っておねだりをして解決するのか? そんな姿を共和国の国民が見たら失望するぞ? 自分が正しいというなら、正々堂々と主張すればいい。こんな時だけ子供のようにわがままを言って、卑怯だと思わないか?」
つぐみ、ちょっとそれ冷たくないか?
とはいえ俺つぐみも、そしてリンカでさえみんなエドワードに異世界へと帰ってもらいたい。四面楚歌のこの状況に、さすがの息子もわがままを言い続けることができなかったようだ。
柱から離れたエドワードは、ゆっくりとつぐみに頭を下げた。
「……申し訳ありません、お母様。僕が間違っていました」
「さすが私の息子だ」
「お父様もお許しください。お優しいお父様なら、わがままを言えばもしかすると……と思っていました」
「気にするな。お前は子供なんだからな。そういうときもあるさ」
俺が子供の時はもっとひどかった気がする。
言わないでおくが。
「向こうでアウグスティン国王や咲によろしくと伝えておいてくれ」
「はい、必ず!」
「それと、水晶で通信するときは、時々でいいから顔を見せてくれ。瑠璃や琥珀も一緒にな。リンカもだぞ」
「……なぜあなたみたいな人に私が」
「リンカ、言うことを聞きなさい」
と、鈴菜が言うと、リンカもしぶしぶといった様子で頷いた。
こうして、俺の子供たちは異世界へと戻ることとなった。




