二人の子供
突然遭遇した、異世界転移の光。
その場に向かった俺たちの目の前に現れたのは、二人の子供だった。
一人は赤い髪の男の子。
スーツに似た服には黄金の刺繍、飾緒、勲章のようなものが散りばめられ、まるで王族か将軍のような恰好をしている。大人なら独裁者か国王みたいに見えてしまうかもしれないが、この子の背丈ではただ単にコスプレをしているようにしか見えない。
背は俺より高くないものの、幼い顔立ちに比べてずいぶんと整った体つきをしていると思う。
聖剣と、それから大きな袋を手に持っている、。袋の中には俺たちのために用意された武具があるのだろうか? だとすれば心強い。
もう一人は黒い髪の女の子。
豪華で儀式的な衣装を身に着けていた男の子に比べて、カジュアルな印象だ。ジャージに似た服には 刺繍どころか特徴的な柄もなく、安価な量産品といっても納得できるほど。
男の子から一歩後ろに離れ、こちらを見ている。値踏み……いや観察するような目線は冷静そのもの。
知的な印象だ。
なんでこんな子供だけで異世界に? 咲は一体何を考えていたんだ?
「君たち、異世界から来たんだよね? 俺は下条匠。向こうの世界ではずいぶん活躍したんだけど……分かるかな?」
向こうの世界では何年もたっているとはいえ、俺はかなりの有名人だったはずだ。石像だってあったはずだから、たぶん知っているはずなんだけど。
その名を聞いて最初に動いたのは、男の子の方だった。
「お……」
「お?」
「お父様あああああああああああああああああっ!」
突然、男の子が俺に抱き着いてきた。
「お会いしたかったですお父様! 僕の名前はエドワード。あなたとつぐみお母様との間に生まれた子供ですっ!」
「えっ?」
「そんな……まさか……」
俺とつぐみが。同時に声を上げた。
エドワード。
それは異世界において俺たちとの間に生まれた子供の名前だった。この世界で半年たったとはいえ、異世界にいた頃はまだ赤ん坊だったはずだ。
異世界とこの世界では時の流れが違う。そのことを知識としては知っていたが、こうしてまざまざと現実を見せつけられるとは……。
「ずっと、みんなに聞かされていました。世界を救った英雄で、最強の聖剣使いあるお父様の活躍を。ああ……やはり本物は違いますね。剣を構えただけで魔王を殺してしまいそうな、そんな強さを感じます」
「お……おう」
そんなことで魔王を殺せるなら、今みたいなことになってないんだけどな。
でも、まるであこがれのアイドルに会ったかのように目を輝かせている息子を見ていると、否定するのがかわいそうになってしまった。
「お母様」
「リンカ……なのかい?」
もう一人の女の子は、俺と鈴菜との間に生まれた子供……リンカだったようだ。俺ではなく鈴菜の方と話をしている。
俺は抱き着いた息子をしばらく撫で続けていたが、やがてゆっくりと引きはがした。心地よい時間だったが、忘れてはならない確認事項が山ほどあるのだ。
「エドワード、咲は来てないのか?」
「咲お母様はマルクト王国にお戻りになられました。お世継ぎの問題やアウグスティン陛下から強い要望があり、どうしても日程を合わせることができず……。ご本人も大変迷っておられたのですが……僕が謝罪の手紙を預かっています。こちらです」
そう言って、エドワードは手紙を渡してきた。
中を見ると、そこには咲からのメッセージが書かれていた。
謝罪と、会えなくて寂しいことと、異世界と取り巻く状況について。内容を見る限り、確かにすぐ戻ってこれそうにないと思えた。
咲……。
別に謝らなくてもいいのに。お前にとっても俺にとっても、帰るべき場所はそっちの世界なんだ。だから咲の判断は間違ってない。
咲はマルクト王国の王妃だ。でも俺たちとって、本当の家族だった。
「それで、代わりに僕たちがやってきたんです」
「二人ともまだ子供だろ? 親として再会できたのはうれしかったけど、どうしてもっと大人を連れて来られなかったんだ?」
「異世界の血を引いていないと、この世界に来ることは難しいんです。他にも多くの方々が異世界行きを希望していたのですが……」
「…………」
異世界転移は難しい。
それはかつて魔王に聞いた話だった。だからこそ奴は俺と乃蒼の間に生まれ子供の肉体を奪い、この世界にやってきた。
援軍として味方の魔族や天使たちが来てくれれば嬉しい。だがもし異世界人以外に転移が難しいなら、咲が戻ってくると思っていた。咲以外にこの地に戻ってくる適任者がいないからだ。
せっかく再会したばかりなのに、咲とはお別れってことになるのか。
いや、何か月も何年も会えないなんて……そんなことにはならない。
俺がこの世界の問題を解決できれば、すぐにでも帰ることができるんだ。
「持ってる袋は俺たちのためのアイテムなんだよな? 見せてもらえるか?」
「は、はい! ご要望だった帰還の腕輪はこちらに。あとは天使、魔族の方々からいろいろと強力なアイテムをいただきまして……」
エドワードは袋の中をあさり始めた。その中には帰還の腕輪を含め、俺が見たことあるものや見たことないものまでさまざまだった。
知ってるアイテムはともかく、知らないアイテムは……。
「なあエドワード。この盾、どうやって使うか知ってるか?」
「あ、それは天使の方々からいただいた盾です。詳しくは向こうの方々に聞いてください」
「向こうって、異世界の天使たちに? どうやって?」
「お待ちください」
エドワードは袋の中を深く漁り、一個のアイテムを取り出した。
俺の頭ほどの大きさの水晶だった。
エドワードが机に置いた水晶に手をかざすと、その中から突然何かが浮かび上がってきた。
これは……映像?
音も聞こえてきたぞ。
「お、おい。繋がったぞ!」
「繋がりました、繋がりましたよ! こちらです!」
水晶の中で、あわただしく人々が動いていた。
こちらと同じように、向こうにも音と映像が伝わっているのだろうか?
「聞こえるか? 俺の顔が見えるか?」
そこに映されていたのは、俺もよく知っている魔族だった。
「ブリューニングさん……」
かつて異世界で戦い、そして仲間となった魔族……ブリューニング。
俺はこうして、この世界に来て初めて向こうの世界とコンタクトを取ったのだった。




