光
一日かけて、避難民の支援は何事もなく終了した。
この地をうろついていた魔物はあのファントムウルフだけだったようだ。
あの程度ならもっと早く対処できればよかったのだが、このご時世でそれを言うのは難しいところだろう。
結局、現地の人たちはそのまま置いていくことになった。
総勢百人にも及ぶ大所帯を連れて行く、ともなればかなりの大ごとだ。ここに来た時のように魔物が襲ってくれば、死者が出てしまうかもしれない。
生活する場所も近くのホテルに移ってもらったから、多少は環境が改善されたんじゃないかと思う。
避難についてはアメリカを頼るか、二、三十人に分けて俺が関西まで誘導するか。難しい話だが、後で対応する必要がある。
しかしとにかく、今は亞里亞とともに本拠地へ戻ることにしよう。これ以上彼女に〈勇者教〉の信者を増やされたらかなわないからな。
というわけで、俺は亞里亞を連れてみんなの元へ帰ってきたのだった。
「早かったな」
「おかえりなさい、匠君」
つぐみと乃蒼が俺を出迎えてくれた。避難民を支援したために帰るのが少し遅くなってしまったように感じたが、つぐみにとっては想定の範囲内だったようだ。
「咲は?」
「まだだな」
咲が旅立ったのは昨日の話だ。しかしここと異世界とでは時間の流れが違うため、向こうではすでに数日が経過している計算になる。だからこそ戻ってきていないかと期待したのだが、数日程度でどうにかなる話ではなかったようだ。
「これであとはミカエラだけだな。何とかして合流したいんだけど……」
「もはや待っていれば現れるといった段階はすでに過ぎている。私たち自身が積極的に捜索する必要があるだろうな」
「やっぱりそうなるよな。でも……」
以前イグナートに襲われた件を思い出す。
俺だけの命でない以上、あまり危険な行動は控えたい。これまで通り目についた人を助けるレベルに抑えておきたいのだが……だからといってミカエラを放置するわけにもいかない。
「……私たちが動かなければ問題ない」
「つぐみ、どういう意味だ?」
「妙案がある」
「妙案?」
俺はあまり頭のいい方ではないから、自分で動くことしか考えていなかった。
「園田君にお願いする、という方法だ?」
「優?」
園田優。
俺の友人であり、かつて異世界に行ってこともある人物だ。魔剣の適性があったから、ある程度は魔物と戦うことができる。
「これは旅先の避難民から聞いた話だ。彼は私たちが異世界に来る以前から、魔物たち相手に戦っていたらしい。多くの人が彼によって救われたとのことだ」
「そうだったのか……」
俺が知らないところで……戦ってたんだな。
優……。
優は一紗の元彼氏。
優は、今の一紗の状態を知ったらどう思うだろうな?
考えたくもない。
「優は今どこにいるんだ? 連絡は取れるのか?」
「彼の足取りは分からない。しかし定期的に避難民をアメリカ軍の仮設基地に連れていっているらしい。関西方面へ逃がすためにな。私たちと一緒にいたクルーズ軍曹たちとは違う、別の基地に所属するアメリカ軍だ」
「なるほどな。つまりそこで待っていれば優に会えるのか」
会えるなら、こちらの情報も伝えておく必要があるよな。
「しばらく園田君を待つことになるから、一日や二日ではすまないかもしれない。匠がここに長期不在となっては、魔族たちに対抗できなくなる可能性がある。別の人間に任せるべきだろうな」
「そうか……」
まあ、順当な結果だろう。ここにいる同級生なら誰でもミカエラと顔見知りではあるから、迎えに行くことの支障はない。
「璃々か、雫かりんごあたりが適任か?」
「一人では不安が残るから、三人連れて行けばある――」
と、つぐみが何かを言いかけたちょうどその時、事件は起こった。
「何っ!」
「きゃっ!」
「なんだ……」
突如、視界が消失した。
否。その言葉はあまり正確ではない。いきなり視界を覆った強力な光によって、俺の目が一時的にマヒしてしまっただけだ。
しばらく時間をおくと、ゆっくりと視界が戻ってきた。
別にどこかで爆弾が爆発したわけではないらしい。目の前に移るグラウンドは、俺の記憶にあるものとそう違いなかった。
なんだったんだ今のは? 誰かが光属性の魔法でも使ったのか?
「異世界転移だっ!」
はっとして叫んだつぐみ。
「私たちが召喚された時も、魔法陣とともに強力な光を発していた。思い出せば今の光はあの時のものとよく似ている。おそらく異世界からこちら側に何者かが転移した結果なのだろう」
「異世界転移? まさか咲がっ!」
咲の帰還。
待ち望んでいたその結果を想像し、俺は自分のテンションが上がっていくのを感じた。
これで、異世界を行き来できるようにならば……今のこの状況を……。
「今の光、どこから来た?」
「ええっと、たぶん、私たちの教室からだったんじゃないかな」
と、乃蒼が教室のある方向を指差した。
「俺たちも最初あそこに転移したよな。だったら同じところに咲が戻ってきてもおかしくない」
「全くだ、確認しよう」
俺たちは教室に向かって駆け出した。
教室へ向かった俺たち。
そこにいたのは……咲ではなかった。
「……誰、だ?」
というのが、俺の第一声だった。
教室にいたのは、二人の子供だった。
男の子が一人、女の子が一人。
顔見知りではないが、男の子が手に持っているのは聖剣だ。異世界からの転移者とみて間違いないだろう。
ひょっとして咲の命令で送られてきたのか? 自分が行けないから代わりの人間をお使いに……。
いやだとしてもなぜこんな子供を連れて来たんだ? 中学生……いや、小学校高学年ぐらいの年齢だぞたぶん?
……うーん、それにしても。
この二人の顔、どこかで……。
……あなた、まさか見えるのですか?
神に選ばれた勇者でなければ見ることのできないという、このあとがきを!
……いえ、きっと気のせいでしょうね。
五年前に現れたばかりなのですから、再びの出現はあまりに早すぎる……。
それに、このあとがきを読める人間なら十年に一人程度は現れます。
ですがその全員がことごとく神の試練に敗れてしまいました。
――あとがき下の五つの☆マークを光らせ、タップ(クリック)する。
この恐るべき試練に打ち勝った者は……誰もいません。
やはり……神の試練は人の身に余るものなのでしょうか。
いえ、私は信じています。
古代文明の石板に記された、伝説のスーパー読者を。
お待ちしております。




