咲との別れ
咲が異世界へと戻ることになった。
新たな仲間たちとの再会と、突然の別れ。
それは寂しいことではあるが、みんなが幸せになるための一歩だと思って涙を呑もう。
午後、校舎の教室にて。
俺たちは送迎会を開いていた。
夜にこういった催しをすれば、明かりをつけての行動となってしまう。それがもし魔族に見つかってしまったら、余計な争いが生まれてしまうかもしれない。
咲たちが一度も魔族たちと出会わなかったというなら、取り越し苦労であるかもしれないが……念には念を入れておきたい。
送迎会は昼間の教室で行うことにした。
「へー、咲たちは関西地方にいたんだな。あっちは魔族がまだ攻め込んでないんだよな」
「そうなのよ、ここよりはずっと人がいて……平和で。このあたりの光景が信じられないわ」
料理や飲み物に手を付けながら、俺は咲と話をしていた。
他愛もない話だ。
「だとしてもよくここまで来れたよな? 遠いし、何より関東への道は封鎖されてるんだろ?」
「新幹線で東海まで行って、そのあとは山道を電動自転車で。関東に入ってからは途中で車を見つけたからそれに乗って……そうね、二週間程度の旅だったかしら」
「無茶するよな」
それでも、そうしないとここにはこれなかったわけで……。
咲たちの判断は正解だったということだ。
「まあどれだけ無茶しても、異世界での出来事に比べたら大したことないか。あそこではいろいろあったよな」
「そうよね、わたくしも……まさかあなたたちとこうして仲間になるなだなんて思ってもみなかったわ。陛下の国とあなたたちの国、それまでは決して友好国ではなかったから」
「……アウグスティン国王、元気にしてるかな」
マルクト王国国王、アウグスティン八世。
王妃である咲の夫である彼は、俺たちが住んでいたグラウス共和国の隣国――マルクト王国の王である。
当初は敵同士……というわけではなかったももの味方でもなかった。しかしいろんな事件を俺たちが解決する過程で、いつしか味方のようなポジションに収まってしまったのだ。
咲は俺のそばにいるがアウグスティン国王の妻でもある。このあたりの複雑な事情もまた、異世界での大変な出来事の一つだった。
「陛下、下条君のことを崇拝して、例の宗教にも入ってたわよね。きっと変な銅像とか建てて、国教みたいになってるわよ」
「よしてくれよ、亞里亞じゃあるまいし。きっと数年たてば俺のことなんてどうでもよくなってるさ。咲とは違ってな」
少し自虐が過ぎたか?
「そういえば俺の屋敷、まだ残ってるかな?」
「史跡みたいになってるかもしれないわね。よくあるでしょう? 江戸時代や明治時代の建物、みたいな」
「まさか、五年や十年でそんなことにはならないだろ。俺の娘や息子の家でもあるわけだからな。国自体は問題なく残ってるはずだから、悪いことにはなってないはずだ」
みんな死んだら史跡になるかもしれないけどな。さすがにそれはまだ早い。
「もう魔族はいないんだ。俺たちの国も、咲の国もきっと無事さ。みんな仲良く……発展してるはずだ。自動車とか飛行機とか開発してたりして」
「大丸さんがいないのに、そこまでできるのかしら?」
「……さすがに、厳しいか」
酒が入っているわけではないが、話は弾んだ。一緒に暮らしたり、他国で暮らしたりと、咲との話はネタが豊富だ。
「そーいえば、クーデター起こした将軍、俺に黙って殺しちゃったよな? いや、別に咲たちの判断を悪いとは思ってないんだけど、俺は……様子を見てもよかったんじゃないかと思うな」
「まだそんなこと気にしてるの? 下条君は甘いわね。そうやって優しいばかりだと、悪い人間に利用されるわよ」
「……面目ないな」
この前船で囚われそうになったことを、思い出した。
こうして俺たちは、異世界での思い出話に花を咲かせた。
「失礼するわね」
咲は席から立ち、つぐみたちのもとへと向かった。久しぶりに再会したのは俺だけじゃなくて、ここにいる全員なんだ。挨拶を済ませておくのだろう。
一人で戻るんだ。不安はあると思う。だからこそこうやっていろいろな人に話しかけているのかもしれない。
良い結果となることを願ってやまない。
翌日、咲は異世界へと戻った。
帰還の腕輪は問題なく起動し、彼女を異世界へと戻してくれた。
ここから異世界への帰還。最初の俺たちがそうであったように、おそらく旧グラウス王国王城へと召喚されるに違いない。今は大統領官邸となっているその場所であるから、王制時代のように非道な扱いを受けることはないと思う。この中でも咲はかなり有名人な方だから、何人か顔を覚えていてくれるかもしれない。
咲。
頼りにしてるぞ。みんなで向こうの世界に帰るため、お前の力が必要なんだ。
そして、咲に任せきりというわけにはいかない。
俺たちには俺たちの戦いがある。
いまだ魔族の脅威はなくなっていない。それよりなにより、まだ出会ってない二人のクラスメイト、細田亞里亞とミカエラが心配だ。
亞里亞は非力なタイプだからこちらに来られないのは分かる。でもミカエラは特殊な能力を持っていて魔法も使える……強い人材だった。
彼女なら隠れていないでここに来られるはずだ。異世界出身だが、この世界にもいたことがあるから社会常識も身についているはず。自転車、バイク、車、電車や飛行機の存在だって知ってるはずだ。
なのにそんな彼女がどうしてここに顔を出さないんだ? ひょっとして、誰かに捕らわれているのか?
なんとかして、この二人と出会う方法を見つけたい。
そのための行動を……これからしていく必要があるんだ。




