新たな門出
ケガ人の捜索は滞りなく終わった。
瓦礫の下敷きといっても、建物全部の瓦礫がのしかかっているわけではない。俺の〈真解〉によって軌道を変えた魔法は、瓦礫の量をある程度は抑えてくれた。外にいた俺たちの上にのしかかってきた瓦礫は、一部の看板や壁がほとんどだった。
だがそれでも、当たり所が悪ければ十分死ぬ。
調査の結果、アメリカ軍人が三人死んでいた。
「…………」
遺体となった人たちの前で、俺たちは立ちすくんでいた。
もう乃蒼の聖剣は試している。それでもよくならないということは……すなわち死んでいるということだ。
あと少しで祖国に帰れるところだったのに……痛ましい事件だった。
「俺のせいなんだ」
俺はクルーズ軍曹にそう言った。言わずにはいられなかった。
「奴らは俺を恨んでた。あんたたちはその戦いに巻き込まれただけなんだ。こんないきなり……大規模な魔法を使ってくるなんて思ってなかった」
「お前らに救われた命だ。誰もお前のせいになんてしねーよ」
クルーズ軍曹がそう言って慰めてくれる。
確かに、魔物の群れから助け出したのは俺、乃蒼の聖剣を使って彼らを治したのは俺。俺が救った命、という言葉は決して間違ったものではない。
でも……死んでしまっては終わりだ。結末としてこうなってしまった以上、やっぱり俺のせいなんだと思う。
「俺たちゃ軍人だ。死も覚悟してる。それよりも今大切なのは、この後……どうするかってことだろ?」
「…………」
それについては、俺もみんなを探しながらずっと考えていた。
「俺の意見だが……とりあえず、ここに留まり続けるのは危険だと思う」
ここは俺たちの故郷だ。そして待っていればいればここにいない咲や亞里亞みたいなクラスメイトたちが戻ってくるかもしれない。
だがここに留まるのはあまりにリスクが大きすぎる。すでに悪魔王イグナートや魔王は俺がここにいることを理解している。奴らは人質を取って俺を脅してくる……なんてことはしないが、真っ向から攻撃を加えてくる可能性はあるだろう。
「車を用意して、移動していくのがいいんじゃないかと思う。途中で魔族や魔物を倒しながら、ゆっくりと奴らの力を削っていく」
「俺たちゃもともとここでお別れするつもりだったからな。予定通り海岸へ向かうさ。まあ、人数がへっちまったのは……残念だったがな」
「みんなはどう思う?」
これはあくまで俺の意見だ。周りのつぐみや鈴菜にも確認を取っておく必要がある。
「……確かに、これ以上襲われたら非戦闘員は生きていけないからな」
「僕も同意見だ。ここに留まるべきじゃないと思うよ」
「だよな、あとで雫やりんごにも話を聞いておくか」
校舎に残っていた仲間たちの無事はすでに確認している。この場にはいないから、後で話をする必要があるけど……反対はされないと思う。
「じゃあここでお別れだな」
「ああ……世話になった」
俺はクルーズ軍曹と握手をする。
これで、さよならだ。
こうして、俺たちは分かれた。
それは俺の帰還生活において、新たな門出の始まりだった。
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下条匠が別れの挨拶を済ませていた、ちょうどそのころ。
悪魔王イグナートの配下、迷宮宰相ゲオルクはアメリカにいた。
ここはホワイトハウスの一室。周囲にはゲオルクしかいない。
〝……ゲオルク、ゲオルクよ〟
聞こえてきたのはイグナートの声。これは無線や有線の電話ではなく、魔法による遠隔会話であった。
〝お主からもらった例のおもちゃ。魔法を一度使用しただけでうまく動かなくなったのじゃが、心当たりはあるかのぅ?〟
ゲオルクは知っていた。悪魔王イグナートが下条匠を究極光滅魔で殺そうとしたことを。
そう、悪魔王イグナートは下条匠を殺そうとした。
そこに一切の油断や慢心は存在しない。この世界で彼を生かしておく理由などないのだ。
しかし、それができなかった。
魔法は戦闘機の機械と密接に関係している。
本来、究極光滅魔法は長い時間をかけて空に魔法陣を描く必要がある魔法だ。それを短期間で放つことができるのは、戦闘機に搭載された機械によって空気中に魔法陣を投射することができるから。
その機能が突然止まってしまった。だからイグナートは追加の魔法を放てなくなってしまったのだ。
「おそらく人間によって遠隔操作されてしまったのでしょう。その戦闘機は元を正せばアメリカ軍の機体。申し訳ございませんイグナート様。このゲオルク、まだこの国を掌握しきれていないようです」
〝まあ、新しいおもちゃに頼りすぎたのはわしの落ち度じゃ。責めてはおるわけではない。お主は引き続きその国で情報を集めるのじゃ〟
「仰せのままに」
ゲオルクは通信を切った。
「ヒヒヒヒヒッ!」
ゲオルクは笑う。
人間による妨害、というのは彼がでっち上げた偽りのストーリーだ。イグナートの魔法陣描写機器を遠隔操作で止める命令を下したのは……ゲオルク自身であった。
(……困りますよ悪魔王殿。あの男は私の敵なのです)
かつてゲオルクは下条匠にその命を奪われた。そしてそのことを今も恨んでいる。
自分の手でとどめを刺したい。そう思ったゲオルクは、イグナートによる必殺の魔法を妨害したのだった。
(……かつて逆らうことすらできなかった悪魔王殿。そして魔王陛下。皆、私の手中にいるということをお忘れなく)
ゲオルクはいびつな笑みを浮かべた。
ここで神雷編は終わりになります。




