仲間の死
思いがけない魔王との遭遇は、小鳥の乱入と魔王の思惑のおかげで……何事もなく終えることができた。
魔王の姿が見えなくなるころには、奴に食らった腹部のダメージがある程度回復していた。どうやら骨折みたいなことにはなっていないらしい。これも異世界で鍛えた体術のたまものだろうか。
俺はすぐさま小鳥にこれまでの事情を説明した。
悪魔王イグナートの大魔法――究極光滅魔法。
その被害にあってこうなってしまった……この周辺について。
あの魔法が使われた時、小鳥はすでにこの都市部の近くまで来ていたらしい。ただ俺が〈真解〉を使った影響により、被害を受けることはなかったようだ。
とりあえず、小鳥には学園へと戻ってもらうことにした。
被害の外であった校舎にいたメンバー……陽菜乃、雫、りんご、エリナ、そして一紗。一応被害地域からは免れているものの、地震のような巨大な衝撃はあったはずだ。本棚やロッカーに挟まれてケガ……なんてことになっているかもしれない。
それに小鳥はりんごや雫と友達だ。彼女としても早く顔を見せておきたいと思っているはずだ。
大まかな集合場所を伝えて、俺は一旦つぐみの元に戻ることにした。
「つぐみっ!」
元居た場所……ではなく、少し離れた裏路地に彼女がいた。
隣には鈴菜と子猫もいる。
つぐみたちが一生懸命がれきを動かそうとしている。彼女たちは決して非力なわけではないのだが、それでも勇者として働いていた俺や一紗なんかと比べて身体能力は数段劣る。
「ここから声が聞こえる! すまないが、匠も手伝ってくれないか?」
「つぐみ。少し離れてくれ、俺が聖剣を使って障害物を移動させてみる」
「……そんなことをして、大丈夫なのか?」
どうやら、攻撃系の聖剣で無理やり吹っ飛ばす姿を想像しているようだ。
確かに、そんな荒いやり方じゃあ、けが人を殺してしまうかもしれない。
「安心してくれ、俺に考えがある」
「……任せる」
そう言って、三人は瓦礫から離れた。
俺はすぐさま〈籠ノ鞘〉から一本の聖剣を取り出した。
「〈解放〉聖剣フルーク」
こいつは物を浮かせる聖剣だ。
聖剣の力を発動させると、まるでサイコキネシスか何かのように瓦礫が宙に浮き……別の場所に積みあがっていく。
その作業を終えると、中からその人物が現れた。
「璃々っ」
璃々だ。
意識はない。頭から血を流している。
ま、まさか……。
「……脈も呼吸もある。安心してくれ、生きてはいるようだ」
すぐに鈴菜が駆け寄って確認。
良かった、生きてたのか。
「う……ううぅ……」
と、聞こえてきた声は璃々からではない。彼女の下に……もう一人が隠れていた。
「の、乃蒼っ! 大丈夫か?」
「……ごめんなさい、私。怖くて……動けなくて。璃々さんが……庇ってくれて」
ふらふらになりながら、そう説明する乃蒼。
どうやら璃々が乃蒼を庇ったらしい。
「匠君、私を使って」
乃蒼は癒しの聖剣に変身する力がある。それさえあれば璃々も、そして他のケガをしている人も助けられるかもしれない。
だけど……。
「乃蒼、本当に体は大丈夫なのか? ……いや、俺だって他の人を見捨てるなんてことできないけど、でも……」
「璃々さんが私を庇ってくれたのに、一人で休んでるだけなんて嫌だよ。お願い匠君……」
「乃蒼……」
そこまで言われててしまったら、俺も止めることはできない。
俺は言われるがままに乃蒼の聖剣を使い、璃々の体を治した。
「……私、は」
「璃々、体は動くか?」
「……は、はい。……そうですか、乃蒼さんの力で」
乃蒼の力はやはり絶大だった。
瓦礫に埋もれ、頭を強打していた璃々。どこか骨折していたのは確実だろう。下手をすれば脳に障害が残っていたかもしれない。
だが乃蒼の聖剣さえあればその心配はないのだ。
「私は大丈夫です。早く他の人たちを助けに行きましょう」
「そうだな」
俺、つぐみ、鈴菜、璃々、乃蒼。
ここにいた俺の妻たちは全員揃った。璃々は重傷を負っていたし、乃蒼は彼女が庇わなければ死んでいたかもしれない。しかし奇跡的にも、全員生きていた。
本当に良かった。
「下条匠っ!」
大通りからこちらに向かってきたは、クルーズ軍曹だ。
「すまん、エドがやられた! 出血がひどくて息もねぇ。この間のお前の力で治してやってくれ! 早くっ!」
彼は一人の青年を背中におぶっていた。
エド、と呼ばれた青年には俺にも見覚えがあった。クラーケンの攻撃を受けて大けがを負っていた兵士だ。あの時は乃蒼の力で治ったというのに、また重傷だなんて不幸続きだな。
クルーズ軍曹が仲間の兵士を床に寝かせた。青ざめた顔のその兵士は、まるで死人のようで……。
俺は聖剣ハイルングをその兵士に使った。
緑の風が彼を包み込む……が、それだけだった。
何も変化は起きない。
彼の青い顔も、つぶれてしまっていた足も、血だらけの上半身も、全くそのままだった。
治って……ない。
これは……。
「お……おい、どうしたんだよ! なんで効かねーんだよっ!」
「……乃蒼の聖剣は、死んだ人間には効かないんだ。許してくれ」
「くそっ!」
クルーズ軍曹は瓦礫を蹴り上げた。しかしコンクリート質のその瓦礫は、靴越しといっても生身の人間が叩くにはあまりに硬すぎた。相当に痛かったはずだ。
だが、彼は瓦礫を蹴るのをやめようとはしなかった。仲間の死は初めてではないはずなのだが……、助かるかもしれない仲間が助からなかったのが……悔しいのだろうか?
……見ていられない。
「落ち着いてくれクルーズ軍曹。あんた、軍人なんだろ? だったら今、何をやるべきか分かるだろ?」
「……ちっ、他の生存者を探してくる。お前は大通りの見やすい場所にいてくれ。」
少し冷たすぎる言い方だったかもしれない。
でも、体を動かせば気がまぎれるはずだ。今はその方がいいはず……。
「俺たちも大通りのあたりを探してみよう。他にも見つかってない軍人たちがいるはずだ」
こうして、俺たちは大通りへと戻った。




