乃蒼に似た子
強力な魔法による攻撃で、建物が崩壊してしまった都市部。
飛ばされてしまった仲間たちを探すため、俺は周囲を探し回っていた。
「乃蒼あああああああああ、璃々いいいいいいいいいいいいっ!」
彼女たちの名前を叫んでみるが、返事はない。
あの時、俺は必死に敵の攻撃に抗った。
しかしそれでも爆風には抗うことができず、ほんの少しの時間であるが意識を失ってしまった。
何せ一瞬の話だ。その時乃蒼がどこに立っていたのか、自分や乃蒼がどの程度吹き飛ばされたのか……正確には分からない状態だ。
俺とは違い、うまくがれきの少ないところに逃げていてくれればいいのだが。
「さすがにここまでは来てないか」
冷静になり、俺は立ち止まった。
最初につぐみと話していた場所から、 少し距離がある地点だ。逃げたり吹き飛ばされたりされたとしても、離れすぎている。
「…………ここ、どこだ?」
裏路地、のようなところだ。壊れた建物やがれきのせいで、さらに特徴がなくなっている。
まだ転移する前でもそれほど通ったことのない場所だから、土地勘なんてないに等しい。
とりあえず、来た道を戻るしかない。
そう思い、俺は後ろを振り返った。
「乃蒼……?」
そこに、乃蒼が立っていた。
否、それは俺が勘違いしただけだった。この女の子は乃蒼ではない。でも背の高さや髪の形、よく見ると本人とは違うが、赤の他人というにはあまりに似すぎていた。
ただ、彼女の髪の色は乃蒼のように黒色ではなく……金髪だ。おまけに黒マントとボンデージ風の黒い衣装を身に着けている。そこだけは乃蒼と全く違っていた。
なんだなんだ? コスプレか何かか? あんな露出の多い服を着せて、親は一体何を考えているんだ?
ともかく、迷子か何かかもしれない。そう思って声をかけようとしたのだが……向こうからの声が咲だった。
「初めまして、といったところかな勇者よ。因縁深き相手ではあるが、直接顔を合わせたのはこれが初めて」
「……は?」
その幼い容姿からは考えられないほどに、傲慢で勇ましい口調だった。それでいて声質自体は幼子のそれであるから、頭が混乱してしまいそうだ。
「お前は……誰だ」
乃蒼のような容姿だったから、油断してしまった。
こいつも……魔族か?
「我は魔王」
「ま、魔王? お前が……魔王だって?」
魔王。
かつて異世界で魔族を支配していた王だ。その力はあまりに強大で、誰も敵わない最強最悪の敵だった。
しかし俺の友人、園田優によって魔王は倒されてしまった。
もちろんこれは倒されたというよりも、わざと負けたといった方が適切だ。悪魔王イグナートがそうであったように、奴もまたこの世界に転生する心づもりで自殺したのだ。
だから魔王がここにいるのは不自然ではない。
しかし……。
「お前……その姿は……なんだ?」
まさか俺が知らないだけで、実は魔王の姿は美少女だった? いや幼女といってもいいかもしれない……。
……いや、違う。
俺は優が持ってきた魔王の生首を見たことがある。あれは普通の……しかも俺のより歳が上レベルの男の生首だった。
ミゲルの黄金像だって、異世界ではそうだったはずだ。
そういえば、この世界で見たミゲルの像が……この子とうり二つだ。
「ふっ、知らぬというのは哀れなことだな」
「何の話だ? お前に哀れなんて言われる心当たりはないぞ?」
「勇者よ、我はどのようにしてこの地にやってきたと考える?」
突然の質問に、俺は戸惑うばかりだった。
「……他の魔族と同じように、転生してきたんじゃないのか?」
「魂に刻まれた情報というのは、思いのほか強固で変え難い。世界を転移、転生するということは、一筋縄ではいかぬ荒業よ。死んだからすぐに転生、ということは不可能だ」
「ならどうしてお前以外にもいっぱい魔族がいるんだ? 簡単に転生できるからなんじゃないのか?」
「我が異世界に来た後、他の者たちの魂をこの地に呼び寄せたのだ。それならば難易度は格段に下がる」
魔王がいれば召喚できた?
まあ、分からない理屈じゃないな。俺たちだってもともと異世界の賢者に召喚されたわけだから。
「じゃあ最初にここにやってきたお前はどうなんだ? 誰かがお前を呼び寄せる儀式をしたのか? 俺たちみたいに……」
「知らぬものを召喚することなど不可能な話よ。異世界の賢者たちとは違い、この世界の者は誰一人として我のことを知らなかったであろうな」
まあ、俺も異世界があるなんてまるで信じてなかったもんな。魔王だとか魔族なんて、空想の話だ。
「我らにとっての異世界……すなわちこの世界に縁のある肉体が必要だった。すなわち、そなたの娘よ」
「…………娘?」
何言ってんだこいつ?
「我は肉体転移の魔法を用いて、そなたの娘の体を奪ったのだ」
「いや、娘って。俺の娘と息子はみんな異世界で元気に……」
……いや、待て。。
俺はこの魔王と初めて出会ったとき、何を思った? 乃蒼に似ているって、そう思ったんじゃないのか?
俺と乃蒼との間に子供はいない。否、正確に言えば『今は』いないだ。
「お前……まさか……」
気が付けば、体が震えていた。
そこから先を想像してはいけない。それは絶対に許されないことなのだ。生まれてもない子供の命をもてあそぶ、倫理的にあってはならない事実。
だが、俺がどれだけ否定しても……魔王の口は止まらない。
「我が肉体はそなたと島原乃蒼のとの間に生まれた名もなき娘。御影新の〈時間操作〉によって成長し、この世界で完全な復活を遂げたのだ」
「……嘘、だろ」
ショックで、血の気が引いていく感覚。
こんなことが、許されていいのか?




