謎の飛行機
上級魔族、神雷のジギスヴァルトと戦ってから二日の月日が流れた。
りんごの出産という思わぬ事態に遭遇して……俺は悪い想像を膨らませてしまった。今、もしこの時敵が襲ってきたとしたら? しかもジギスヴァルトのようにうまく発見できず、ここまで侵入を許してしまったら?
ありえない話ではない。
俺たちは周囲の警戒を強めた。
すでに放っておいた配下の魔物たちをより多く増やし、手の空いている人員を近くに配置した。魔物が異常を伝えた場合、彼らが無線を使って俺たちに連絡してくれるという段取りだ。俺が寝ていなければ十分対応できるはず。
しかし幸いなことに、今のところ何も起こってない。
ジフィスヴァルトは単独で俺のところにやってきた。魔王の配下として敵である俺を倒したいというよりは、自分の武力を試してみたいという武人的な気質が大きい魔族だったと思う。
人間たちが弱すぎて、魔族間で連携をとる必要がなかったのかもしれない。もしかするとこの場所を知らせていない可能性もある。
俺は道路に立っていた。
ここは市街地の一角、ホテルの前だ。アメリカ軍人たちが仮の住まいとしていた場所である。
基地を魔物に襲われて傷ついていたアメリカ軍人たち。しかしけが人は乃蒼の力によって、今日までで完全に癒された。
もう彼らがここにいる理由はない。
だから俺の含む関係者で、アメリカ軍人たちを見送りに来ていた。
「異世界、か……」
と、俺につぶやくクルーズ軍曹。
俺はクルーズ軍曹にすべてを話した。
異世界転移、そして彼女たちと数奇な運命をたどり結ばれたことを。
異世界に転移したからと言って、ハーレムが許されるとは思っていない。しかしこれ以上ごまかすのは難しいと思ったのだ。
「やっぱり、異世界だなんて信じられないか?」
「そんなことはないぜ。まあ、お前が言うならそうなんだろうなって感じか。確かに、この世界の常識じゃ考えられないレベルの強さだった、この間の魔族の件も含めてな」
あの時は本当に危なかった。今、こうして平和なのが信じられないぐらいだ。
新たな魔族が攻めてこないとはいえ、俺がジギスヴァルトを倒してしまったのは事実だ。いずれは奴がいないことに気づかれ、他の魔族たちが大規模な捜索を行うかもしれない。
俺たちがここで逃げてしまえば、罪のない一般市民が魔族の犠牲になってしまうかもしれない。むしろ俺がここにいるとアピールした方がいいんじゃないだろうか?
……と、余計なことを考えすぎたな。今はアメリカ軍人たちを見送るのを優先しよう。
「車で行くんだよな? 道中は大丈夫か?」
迎えはここではなく、船で海にやってくるらしい。そのためクルーズ軍曹たちは海岸に移動する必要がある。最初に俺たちが会ったあの場所だ。
だが道路は魔物が出るリスクもある。誰か護衛が付いた方がいいんじゃないのか?
「いざとなったら銃を使って脅すさ。それでもダメなら……引き返してくることになるだろうな」
「そうか……無理はするなよ」
また来るというなら、喜んで出迎えよう。ただあれだけ魔物を倒したあとなんだ。もうでかい魔物は残っていないかもしれない。
楽観的過ぎるか?
ともあれ、わざわざ引き止めるほどの仲でもないため、別れの挨拶となった。
背後の軍人たちが、俺に挨拶をしてきた。俺の後ろにいるつぐみや乃蒼が、笑顔で別れの挨拶を言っている。
皆、好意的だ。
この様子なら、きっと悪いことにはならないだろう。
「じゃあな、みんな」
俺は手を振りながら、彼らを見送ろうとして……。
「……ん?」
ふと、気が付いた。
挨拶をしてぼんやりとしていた俺は、なんとなく空を見上げた。するとそこに……小さな違和感があったのだ。
白い雲を突き抜けて現れた、黒っぽい機械。
あれは……飛行機か?
珍しいな。
ここは空港からそれほど近くはないものの、俺が異世界転移する以前あれば空路の関係か一日に数回は飛行機が通り過ぎるのを見ることができた。
しかし魔族がこの地を占拠して以降、旅客機は簡単に運用できなくなってしまったらしい。空港なんて空いてるはずがないし、仮に飛行機を飛ばそうものなら魔族の餌食になってしまうだろう。
現に俺たちがこの世界に来てからついさっきまで、飛行機を見たためしがない。
「あの飛行機、こっちに近づいてきてないか?」
「そうだな」
近づいてくる……ように見えるな。
「まさか……俺たちを攻撃するつもりじゃないよな?」
ふと、軍船での事件がフラッシュバックした。
ま、まさか上空から俺たちにミサイルか何かを落とすつもりなのか? いやいや……被害妄想もいいところだ。飛行機なんてどこにでもいる、そうだろ?
でもあれ、旅客機じゃないよな?
「落ち着け、あれは偵察機だ」
と、クルーズ軍曹が言った。
「おそらくこの辺りの様子を探っているんだろうな。ま、そもそも俺たちは人間なんだから、急に攻撃されたりはしないぜ」
「そ、そうだよな」
脅かさないでほしい。
と、安心したのもつかの間、俺は再び猛烈な違和感を抱いた。
「お、おい、あの飛行機どんどん近づいてくるぞ? 本当に大丈夫なのか?」
「…………」
クルーズ軍曹の顔が険しくなった。
偵察機ってこんなに近くに来ないと仕事ができないものなのか? 中の人が俺に用事でもあるのだろうか?
「て、手でも振ってみようかな?」
とりあえず友好をアピールしようと思って、俺は手を振ろうとした。
その瞬間。
「は?」
俺は……思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
飛行機自体に変化はない。しかし機体の前に突如として出現したそれは、俺たちを驚愕させるのに十分だった。
それは……魔法陣だった。
魔法陣。
それは魔法を使うときに浮かび上がる……起動のための術式。
しかし通常、人間の使える魔法は限られており、詠唱は必要だが魔法陣は必要ない。魔族が扱う魔物召喚などの特殊な魔法には魔法陣がいるものの……飛行機の前に出現したものはそれとはまったく違う。
これほど大規模かつ精密な魔法陣を見ることは珍しい。
魔法陣の輝きが増していく。
魔物召喚? 攻撃? 幻覚?
いずれにしても、まさか俺たちのケガを癒すためにこんなことをするはずがない。使用者……おそらく魔族は俺たちの敵であり、この魔法には害意がある。。
「まずい、みんな伏せろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺の声が響いた、まさにその時。
――光が爆ぜた。
※8月14日、俺たち全員で見送り→俺を含む関係者で見送りに訂正。
後々のことを考えると不自然な展開になるため。




