りんごの出産
上級魔族、神雷のジギスヴァルトとの戦い。
一歩前違えれば死んでしまうかもしれない、そんなリスクのある戦いだった。しかし俺が聖剣の奥義――〈真解〉を使用したことによって、辛くも勝利することができた。
校舎に戻った俺は、すぐに乃蒼の元へと駆け寄った。
「匠君っ!」
すでに璃々やクルーズ軍曹から話を聞いていたのだろうか、みんなが校庭に集まっていた。武装しているところを見る限り、万が一のことがあったら迎え撃つつもりだったのかもしれない。
実際、ジギスヴァルトは強かったからな。奴がもし俺にこだわりを見せていなかったら、市街戦もありえたかもしれない。
「大丈夫ですか? あの魔族は?」
すぐさま璃々が駆け寄ってきた。
その場に居合わせたものとして、あの魔族の脅威をよく理解してくれている彼女だ。俺への心配は並大抵のものではなかったのかもしれない。
「あの魔族は俺が倒した。とりあえずは安心してくれ」
こんなことがあったのだ。もしかするとまた、どこかの魔族が攻めてくるかもしれない。
そういう心配があったのは事実だが、余計な心配をさせても仕方ないと思ったので、こういう返事にしておいた。今後のことについては、また落ち着いたときに相談する必要があるとは思うけどな。
俺が声を張り上げると、みんなが一斉に肩の力を抜いた。
「匠君、その聖剣……」
乃蒼が俺の聖剣ヴァイスを指差す。
ジギスヴァルトとの戦いに大活躍した聖剣ヴァイスだが、今や他人の目から見ても分かるほどにボロボロだ。言わなければただのごみだと思われてしまうかもしれない。
「例の技……〈真解〉を使ったらこうなった。壊れてるわけじゃないから、すぐに治したいんだ。乃蒼、頼めるか?」
「うん」
そう言って、乃蒼は俺のもとに駆け寄ってきた。
彼女の姿が、人の形から剣の形に変化する。
聖剣ハイルング。
癒しを司るこの剣は、ヴァイスを直すこともできる。聖剣・魔剣が人間であることを知っている俺は、これがなければ〈真解〉を使うことができない。
俺は躊躇なく乃蒼の力を使用した。
ボロボロだった聖剣が、見る見るうちに元通りになっていく。
いつ見ても、すごい力だ。
〝助かります。彼女にお礼を伝えておいてください〟
と、ヴァイスが俺に言ってきた。彼女の声を聞くことができるのは、〈同調者〉という特殊な能力を持つ俺だけ。今の声は周囲に聞こえていない。
幽霊のように姿を映し出すことも可能ではあるのだが、わざわざそこまでやる必要もないだろう。
「ありがとう乃蒼、俺もヴァイスも感謝してる。体調は大丈夫か?」
「今日はまだ一回目だから、大丈夫だよ」
とりあえず、この件はこれで大丈夫か。
俺は周囲を見渡した。
みんながこちらを見ている。アメリカ軍人、ミゲルの元信者、エリナ、陽菜乃、子猫、つぐみ、鈴菜、璃々……。
「りんごは? 雫のところにいるのか?」
「りんごさんは、産気付いたの……」
「え?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
俺は遠くで清掃活動&上級魔族との戦闘だったからな。そんな時にこんな話を聞いてしまえば、戦いに集中できなかったかもしれない。
それにあの戦いの中じゃ、簡単な伝言も難しかっただろうからな。なんで教えてくれなかったんだ、って誰かを責めることはできない。
りんごが出産。
分かっていることだが、体は魔族のことなんて考えてくれるはずがない。いずれこんな事態に陥ってしまうことは……必然だった。
「そうか、りんごは保健室か?」
「うん」
「俺がそばにいてやらないとな。生まれてくる子供は……俺の子供でもあるんだから」
「お前の……子供なのか?」
と、背後でクルーズ軍曹の驚く声が聞こえた。
「あ、ああ」
「校舎の中で出産したばかりのあの子も、お前の妻なんだよな?」
「…………」
話はしていないはずだが。でも隠してたわけじゃないから、誰かから聞いたのかもしれない。
「他の妊娠している子も……まさか……」
よくよく考えてみれば、クルーズ軍曹たち……外野の人間には、俺たちの関係性について説明してなかった。
はたから見れば俺たちの集団、俺がリーダーでやけに妊婦が多い。ハーレムとか多重婚みたいな話は伝えていないが、邪推することは可能なはず。
お腹の子供のせいで逃げ遅れた……という解釈もできるが、俺の子供となれば話は変わってくるだろう。
「その件についてはまた後で話をしよう。今は少し時間をくれ」
「あ……ああ、そうだな」
彼らにとって、俺との関係は命にかかわることだ。たとえ社会的に許されないこの状況といっても、せめて俺の話ぐらいは聞いてくれるだろう。
異世界。
王国。
差別。
そして俺の冒険。
彼らは、俺の話をどこまで信じてくれるだろうか? 頭のおかしい人間だと思われたりはしないだろうか?
いや、今更か。
魔族や魔王だなんて、夢見てるような話だもんな。
その日、りんごが出産した。
幸いなことに魔族や魔物が攻めてくることはなかった。しかしいつまたジギスヴァルトのような強敵が現れないとも限らない。
俺は、いつまでこんな風に戦っていればいいのだろうか?
異世界に……帰りたい。
でもそれは、この世界に住む普通の人々を見捨てることになる。たとえ俺が異世界に戻ったとしも、状況は悪化するだけ。
そんなことは……できなかった。




