清掃活動
魔物の大軍を倒して、翌日。
俺は町郊外の戦場へと足を運んでいた。
掃除のためだ。
ほうきで掃いて……なんて生易しいレベルじゃない。なんせ500体近くの魔物の死骸だ。放っておけばすぐに腐ってしまう。
臭いだけで済めばいいが、変な病気の元となっては事だ。俺たちの町が汚染されてしまっては困るから、こうして掃除に駆り出されたというわけだ。
俺は一紗の魔剣――グリューエンを使ってこいつらを燃やしていた。焼却処分が一番効率いいという判断だ。
しかし、俺の魔剣だけで大半は燃やすことができるものの、威力が強いだけに細かいところまで調整が難しい。
そういった微調整をしてもらうために、他の人たちにも来てもらっている。
璃々と、それからクルーズ軍曹だ。
璃々は魔法を使って魔物たちを燃やしている。あまり強くない魔法ではあるが、こうして生き物を燃やすのには充分だ。
クルーズ軍曹は燃え残りがないか確認する係だ。雑用みたいな感じになってしまっているのは申し訳ないが、このメンバーを考えるなら仕方ない配置だろう。
「こっちは終わりましたー」
璃々が両手を上げて合図をしている。
俺のグリューエンは効果範囲が広いから、下手をすれば璃々やクルーズ軍曹まで巻き込んでしまう。そんな事故を起こさないためにも合図に関しては徹底してる。
「次は右側を焼くから、一旦こっちに来てくれ」
「はいー」
璃々がこちらに戻ってきた。
「清掃活動だなんて、もう私たち……すっかりこの町の住人ですよね」
「元から住人だろ? それに掃除しておかないと後が大変だからな」
「最初はこんなつもりじゃなかったのに」
「…………」
そうだよな。
少し顔を出して異世界に戻るつもりだったのに、まさかこんなに長居することになるなんて……。
「早くみんなを見つけて、今後のことを考えないとな。いつかは異世界に帰らなきゃ」
「瑠璃と琥珀のことも心配ですしね」
瑠璃と琥珀。
宝石の名前ではなく、異世界で生まれた俺の子供たちの名前だ。双子の女の子だった。
璃々は子供が女の子であることを望んでいたから、双子の女の子が生まれてそれはそれは喜んだものだった。当時のことを今でも鮮明に覚えている。
この世界に来た今となっては、まるで遠い昔の記憶みたいだ。
俺たち、ついこの間まで異世界にいたのにな。
「…………」
異世界とこの世界は時間の流れが違う。
すでにここに来てから一週間近く経過している。これは異世界換算で何日に相当するだろうか?
一年はいかないものの、数か月程度にはなっているはずだ。
そろそろハイハイし始める時期だ。毎日が成長記念日みたいものなのに、そばにいられないのは残念で仕方ない。
「子供の大切な時にいてやれないなんて……親失格だな」
「仕方ありませんよ……」
璃々はそう言って俺から離れた。
俺は再びグリューエンを使った。
魔物の死体が盛大に燃え上がっていく。
近くの植物に燃え移ったりしたら、璃々が魔法で消火する手はずになっている。いざとなったら俺も水・氷系聖剣で参戦するから、山火事なんてことにはならないと思う。
「熱いなぁ」
後ろから駆け寄ってきたクルーズ軍曹が、額に噴き出た汗を拭いている。俺は拭いても拭いても仕方ないからあきらめている状態だ。
「悪いなクルーズ軍曹。こんなことを手伝わせて。あんたたちの町じゃないのに」
「俺たちだって仮にもここに住まわせてもらってるんだ。多少の手伝いはするさ。ま、ここの住人じゃないのは確かだがな」
「あんたたちはこれからどうするんだ? アメリカに帰るのか?」
「すでに無線でこちらの状況は連絡済だ。近日中には迎えが来る」
乃蒼の力で予想よりも早くケガが治ったアメリカ軍だ。当初はここで療養するつもりだったんだろうけど、その必要もなくなったということだ。
「うーん……その迎えの奴らは大丈夫なんだろうな?」
「どういう意味だ?」
「いや、あいつら俺を捕まえようとしてただろ? 俺に襲い掛かってきたりするんじゃないか?」
あいつら、俺を捕まえようとしたんだよな? つまりは敵ってことだ。ここで彼らを返してしまって……いいのか?
でも、昨日の戦いで俺たちの強さは嫌というほどに伝わっただろうな。ここでクルーズ軍曹が仲間の元に帰れば、きっとそのことを伝えてくれる。
「お前に逆らえる奴なんていねーよ」
「そうか……」
どうやら向こうにも話は伝わっているらしい。とりあえずクルーズ軍曹に件で問題になることはなさそうだ。
「こっちも大丈夫ですー」
しばらくして璃々の合図が聞こえてきた。
俺は再びグリューエンを構えて、死体を焼く準備を始めた。
ちょうどその時。
「……ん?」
視界の奥に、ふと、違和感を覚えた。
「あれは……」
たとえるなら、それは雨雲。しかし雷光をほとばしらせながらこちらに迫ってくるその黒い塊は、雲というにはあまりに低空飛行過ぎる。
「な、なんだありゃ?」
「あ、雨雲ですか?」
「二人とも下がってくれ、たぶん……敵だ」
俺は二人を後方に下がらせた。
恐れてきたことが起きてしまった。
このタイミング。おそらく、こいつはあの魔物の……。
「――〈白刃〉っ!」
俺はすぐさまグリューエンをしまい、聖剣ヴァイスを使用した。
白い刃は一瞬にして雨雲を霧散させた。
「お前は……」
雨雲の中から現れたのは、一人の男だった。
青年、と言ってよい年齢だと思う。黒い髪は短髪で、細見だが鍛えられた筋肉を持っている。
こうして直接相まみえればわかる。
この男……魔族だ。
それもこの前倒したミゲルなんかとは違う。純粋な戦闘タイプ。
一難去ってまた一難。
再び戦いが始まってしまうのか?
ここからは神雷編になります。




