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巻き込まれた嫁たち


 教室を出ようとした俺と遭遇した人物。

 それは、異世界に残してきたはずの俺の嫁、羽鳥雫だった。


「う、うそっ! 雫! 雫じゃないの?」


 人一倍狼狽を示したのは、一紗だった。雫とは友達だったからな。


「な、なんでよ。なんで雫がここにいるの? ここにいちゃだめよ! だって……雫は……」


 無理もない。

 雫は出産を控えていた。もうお腹だって服の上からでも分かるほどに出ている。

 軽く異世界旅行、じゃ済まされない体なのだ。


「……分からないんだ」


 一紗も俺たちも雫を責めていたわけではない。しかし、雫自身は自分がここにいることを申し訳なく思っているのかもしれない。


「魔法陣で異世界に旅立つお前たちを見送っていたのは間違いない。でもそのあと……気が付いたら私は隣の教室にいた。匠たちの声が聞こえてきたから、ここまで歩いてきたんだ」

「も、もしかして雫さ、俺たちに会えなくなるのが寂しくて、魔法陣の中に入ったりとか?」

「……お前はよほど私をバカにしたいらしい」


 などと言いながら俺の太ももを抓る雫。


「痛い、痛いって雫。バカなことにしてる場合じゃないだろ?」

「お前が私をバカにするからだこの愚か者め! 誰が寂しいなんて言った! 私は全然寂しくなんかない! 訂正しろっ」

「わ、分かった謝る。謝るからやめろ」

 

 こんなじゃれ合いしていても、事態が解決するわけじゃない。

 俺たちの間に漂う重い空気は、全く消えていなかった。


「雫さ、何か覚えてないのか? 何かを見たとか、聞こえたとか、感じたとか。何でもいいから教えてくれないか?」

「そういえば……空が光っていたような……」

「空?」

「ああ。地面じゃなくて空も光ってたから、おかしいなぁと思った記憶が……」


 魔法陣は地面に描かれた。それなのに空が光るなんておかしな話だな。


「ま、まあとりあえず雫がここにいたらまずよな。とりあえず異世界に帰ってもらうことにしよう」

「…………」


 ……ん?

 俺は何か変なことを言ったのか?


「い、いや。別に雫を邪険にしてるわけじゃないぞ? でもさ、さすがに妊娠してここにいたらまずいだろ? 雫の体や生まれてくる子供のことを考えるなら、やっぱり元の世界に……」

「そういうことではない、匠」

 

 冷たく、そしてはっきりとした主張でそう言ったつぐみ。何か……俺は失言をしてしまったのか?


「忘れたのか? 帰還の腕輪は人数分しか用意できなかったことを」

「……っ!」


 心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。

 帰還するために必要な腕輪は六つ。俺、乃蒼、鈴菜、つぐみ、璃々、一紗の六人分。しかしここにいるのは雫を合わせて七人。


 一人、帰れないのだ。


「あ……」


 一人増えたなら、誰かが残らなければならない。

 帰還の腕輪は用意することができるが、それは異世界での話だ。こっちの世界では作れない。

 一人帰らせる、なんて安易過ぎる提案だった。


「あ……あの、よければ私が残って……」

 

 おずおずと手をあげたのは乃蒼だった。


「馬鹿なこと言うなよ。乃蒼だけ残して俺たちだけ帰るわけにはいかないだろ? 帰るなら全員一緒にだ」

「ご、ごめんなさい。私」


 自己犠牲はほどほどにしてくれ、乃蒼。


 でも……このままってわけにもいかないよな。姿を隠す道具も人数分しか用意してないし……。


「とりあえず、あまり目立たないところに移動しないか? ここからだと窓があって誰かに見つかるかもしれない」

「たっくん」


 その声を聞いて、俺は思わず振り返った。

 そこに立っていたのは――

 

「りんご?」


 森村りんご。


 雫と同じ臨月の妊婦。外に出て見送ってくれた雫とは違い、屋敷の中で俺たちを見送ってくれたはずなのに……どうして?


「あは、あははは~。ごめんねたっくん。私、どうしてこんなところにいるんだろう?」

「り……りんご……」

 

 俺は力が抜けていくのを感じた。

 二人もいる。

 もう、単なる偶然では済まされない。近くにいた雫が偶然召喚に巻き込まれたなら分かるけど、りんごは屋敷の中にいた。

 それなのに、ここに来てしまった。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 突然、女の子の叫び声が聞こえた。


「エリナ?」

 

 俺の嫁、西崎エリナが廊下を疾走していた。


「エリナっ! 止まれっ!」

「ああー、匠君! こんなところにいたんだ!」


 ギギギギ、っと急停車する車のようにブレーキをかけたエリナの足は、折れるんじゃないと思ってしまうほどにし曲がって……停止した。


「エリナ。もう、お腹も大きくなってきたんだから、少し大人しくしてろよな?」

「うおおおおおおおおおおおっ! 元の世界だ! 匠君の家に行きたい!」


 などと言いながら、すでに両脚をあげてランニング体勢を取っているエリナ。

 はぁ、駄目だ。まあ、これだけ元気なら俺たちの子供もきっと元気に生まれてくると思う。


 ……エリナの登場にはおどろかされたが、これで確定してしまった。


「ど、どういうことだよ? まさかあの辺にいた奴ら全員、ここに召喚されたってことか? 召喚は失敗したのか?」

「それは違うよ」


 と、否定する鈴菜。


「冷静に考えてみてくれ匠。あの場には見送りの使用人や魔法を使った天使や魔族たちもいたんだ。立ち位置でいれば雫と同じぐらい魔法陣に近づいていた」

「そーよね。一番近くにいた雫が最初にあたしたちと合流して、屋敷にいたりんごやエリナは後から合流した。たぶん距離関係してるわよね? なのに見送りの人はいないって、おかしな話よ」


 確かに。

 じゃあランダムに召喚されたってことか? いや……待てよ……。


「おそらく異世界人だけ帰還させる魔法が発動したんだね」


 鈴菜の指摘は、俺の悪い想像を代弁したものだった。


「ま、魔法? 誰がそんなことしたんだ?」

「匠は覚えているかい? 空に浮かんでるとされる巨大な魔法陣の話だ」

「魔法陣?」

 

 そ、そういえば、前に味方になった魔族から話を聞いたことがある。空に浮かぶ巨大な魔法陣は魔王が仕掛けたものだって。効果は何だか分からないって話だったけど……まさか……。


「魔王は僕たちを邪魔だと思っていたのではないかな? だから全員を一斉に帰還させるため、異世界帰還の魔法陣を作った」


 あ……あり得る。

 俺たちは、不幸にもその魔法陣を発動させてしまった? だから予定外の雫やりんごまでこの地に来てしまった?

 対象は……異世界人全員?


「じゃあ他の子は? 小鳥やひよりは? マルクト王国に行った咲は? 布教の旅に出た亞里亞は?」

「……分からない。だけど、ここにいるメンバーを考えるなら、おそらく……」

 

 どこか、遠くに召喚されている。

 鈴菜が言いたかったのは、たぶんそういうことだと思う。


 な……なんてことだ。


「み、みんな妊娠してるんだぞ! 雫やりんごみたいに臨月じゃなくても、子猫はあと2か月で出産予定だ。ど、どうするんだよ! 早く見つけて保護しないと」


 誰かに文句を言っても仕方ない。

 でも、叫ばずにはいられなかった。


「……ともかく、事がここまで深刻になってしまえば我々も手段を選んでいられない」


 これまでずっと黙り込んでいたつぐみが、やっと声をあげた。

 異世界で大統領を務めていた彼女だ。こういったときの決断は頼りになる。


「不本意ではあるが協力者が必要だ。匠、時任君と園田君とは連絡が取れるか?」


 二人は一度異世界に来たことがある、俺たちの友人だ。事情を話せば協力してもらえると思う。


「お姉さま、男なんかに頼るのは反対です!」

「璃々、気持ちは分かるがそうも言っていられない……。理解してくれ」


 璃々の中で俺ってどんな存在なんだろうな? 突っ込まないけどさ。


「スマホはないから電話はできないけど、家の場所なら……」

 

 優の家には数回行ったことがある。

 春樹の家は豪邸で、一度も行ったことがない。だがこの辺に住んでいる人間であれば誰もが知っている場所だ。俺の名前を出せば対応はしてもらえると思う。


「顔見知りがいい。匠と一紗が向かえば問題ないだろう? まずは二人だけで――」


 と、そこでつぐみが言葉を切った。

 何事か、と思った俺が彼女の目線を追って見ると、その視線の先には雫がいた。


 雫の太ももから、液体・・が滴り落ちていた。


「え?」


 汗、というには少し多すぎる量だった。

 雫、漏ら……したのか?


「……破水だっ! 出産が始まるぞ!」


 え……。

 

 つぐみの声が、俺の頭に木霊した。



 ――こうして、学園の敷地で。

 雫の出産が、始まったのだった。


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