ベヒーモスの猛攻
魔物の大群、襲来。
その報告を受けた俺は、奴らを迎え撃つ決断をした。
ここで逃げれば、さらなる犠牲者が増えるだけ。そしてまだここにいないクラスメイトたちの帰る場所を守るため。
俺の声にみんなが賛同してくれた。同郷のクラスメイトたちは、俺と同じ思いだった。ミゲルの元信者やアメリカ軍人たちは、俺の実力を知っているから文句は言わなかった。むしろ積極的に協力を申し出てくれるほどだった。
俺としても今回はぎりぎりの戦いだ。たとえ素人といっても、少しでも戦力になるならと協力してもらうことにした。
そこから先は、ひたすら準備に費やした。
そして、一日がたった。
「……来たな」
そうつぶやいた俺は、今、空の上にいる。
そう、俺は今空を飛んでいる。背中に翼をはやして、鳥のように羽ばたいている状態だ。
これは異世界で知り合いの魔族に教えてもらった魔法だ。かつて巨大な敵と立ち向かったときに大いに役に立ってくれた。
まさか、元の世界でも使うことになるなんてな。
東に伸びる国道を、怒涛の勢いで進軍してくる魔物たち。
なるほど、例の男が報告してきた通りものすごい勢いだ。
カースドラゴン。
ベヒーモス。
キラーイーグル。
ギガース。
他にも数十種類。500匹程度はいると思う。
中・大型の魔物が群れを成して突撃。これを生み出した魔族は相当気合を入れて召喚したみたいだな。
これを倒せば、今度は召喚した魔族が俺たちのもとに……。
いや、先のことを考えるのはやめよう。今はこの魔物たちを防がなければ……俺たちの命すら危ないかもしれない。
俺は急降下して地上へと降り立った。そこには突貫で防御陣形を構築した俺の仲間たち。
「敵が来た、東の道路からだ。あと二十分程度でここまで到達する! みんな、事前の打ち合わせ通り戦ってくれっ!」
俺も含め、ほぼ全員で戦うことになっている。媚薬にその身を侵された一紗と、いまだケガの癒えていないアメリカ軍人を除く、ほぼ全員だ。
都市と山の境界、道路の前には防壁が用意してある。
といっても、きれいな防壁を組み上げている時間なんてなかった。廃車や廃墟などがらくたの山を積み上げただけだが、侵入を防ぐという意味では十分な働きを示してくれるだろう。
「ブオオオオオオオオオオンッ!」
耳をつんざくような咆哮に、先陣を切る魔族の群れが出現した。
砂塵を振りまきながら突っ込んでくるのは、ベヒーモス。ゾウやイノシシに似た獣姿の魔物であり、その巨体は電車一車両分ほど。生身の人間がぶつかれば、トラックにぶつかるよりも悲惨な結果になるだろう。
その数は50匹。これが猛進してくるわけだから、まさしく圧巻だ。
だが――
「〈白王刃〉っ!」
俺の聖剣にかかれば、決して倒せない敵ではない。
〈白王刃〉は複数の刃を出現させて攻撃する技である。俺の生み出した白い刃が、次々と迫りくるベヒーモスに殺到していった。
ベヒーモスは弾力のある分厚い皮膚を持ち、並みの剣では貫くことができない。しかし俺の生み出した白い刃は、いともたやすくベヒーモスの装甲を貫いていく。
異世界において重宝されていた聖剣使い。ただの武器に比べ、その威力は絶大なのだ。
これですべて倒した……程度の話であるならみんなで集まって戦ったりなどしない。
正面前列、突出して前に出ていたベヒーモス三体は、俺の〈白王刃〉を受けて絶命した。
だが本当の意味で倒しきれたのはそれだけだ。
致命傷には至らなかったベヒーモス――十数体。
跳躍して避けたベヒーモス――数体。
奥にいて攻撃が届いてすらいないベヒーモス――数十体。
そして後列の別種の魔物たちはいまだ健在。
大型魔物との集団戦においては、一人の聖剣使いが行える技などこの程度。倒しきる技がないわけではないが、それは本当に追い詰められた時の奥の手だ。
「嘆きの凍獄」
続いてはりんごの魔法、嘆きの凍獄だ。
この魔法は氷系の魔法で、敵を広範囲で凍らせたりする。威力はなかなかのものであるが、やはり聖剣・魔剣に劣る印象だ。
だが今回、りんごの魔法は攻撃だけではない。
目的は、防壁目的で積み上げたがらくたの山。それを凍らせたのだ。
ただのごみの山でできていた防壁が、氷という装甲をまとってさらに強化された形だ。この手は異世界でも使ったことがある。
すまないな、りんご。お腹に子供がいるんだから、あまり無理をさせたくはなかったのだが、今回ばかりは人手が足りない。あまり激しく動いてもらうつもりはないから大丈夫だとは思うが……。
「ブオオオオオオオオオオオオオッ!」
数体のベヒーモスが氷の防壁に突撃した。しかし質量、硬さともに強化された巨大な壁を貫けるはずもなく、自慢の牙が刺さってしまいもがいている。
そしてそんな無防備になってしまった敵のもとへ、新たに迫りくる刺客たち。
スライム。
イービルバード。
サイクロプス。
俺たちの召喚した魔物たちだ。
ベヒーモスに比べて数ランク劣るレベルの魔物ではあるが、牙が刺さり動けなくなった奴らを相手にすることは十分にできる。
ベヒーモスの巨体に比べ、子供の小ささのような魔物たち。しかし奴の足元に集まりながら、ぺちぺちと攻撃を加えていく。
「ブオオオオオオオオンッ!」
弱いが数だけは用意した。動けない魔物たちのとどめを刺すことはできるはずだ。
こうして、ベヒーモスの処理を魔物たちに任せながら、俺たちは新たに迫りくる魔物たちへと目を向けたのだった。




