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クラスの女子全員+俺だけの異世界帰還  作者: うなぎ
帰還編

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22/120

囚われの天使


 関東、東京都にて。


 かつての首都であり、政治・経済を問わずこの国の中枢といっても差し支えなかった東京は、今、魔族の侵攻を経て変化してしまった。

 多くの人間が西へと避難した。混乱の果てに残ったのは、人気のなくなった廃墟群であった。


 ここは都心部、とあるビルの屋上。

 かつて美しくライトアップされていた数々の建造物も、今となっては廃墟を象徴するただのごみでしかない。

 このビルも他の建物の例にもれず、もはや使われていない。エレベータも使えない上、出入り口も閉められている。本来であれば誰も屋上に来ることなどできないのだが、を持つこの老執事風の魔族には関係のない話であった。


 悪魔王、イグナートである。


 彼は魔王に仕える三巨頭としてこの地でも絶大な権力を握っている。配下の魔族たちは全体の三分の一にも及び、その中でもとある魔族の働きは特質すべきものがある。


「空を飛ぶ飛行機、火薬を発展させた火器や爆弾、戦車に軍船。なるほどのぅ、魔王陛下が興味を示されるはずじゃ。わしもこの年になって、新しいものに触れる喜びを感じるとは。全く、異世界とはすばらしいものじゃて」 


 他の三巨頭と違い、イグナートはこの世界の技術に興味を持っていた。ミゲルに銃を与えたのも、その一環であった。


「……そうは思わぬかのう、天使殿」


 イグナートは隣に目線を移した。そこには、今はもう動いていない空調設備が存在する。

 むき出しの空調設備には、縄で拘束された少女がいた。


 彼女の名前はミカエラ。匠の妻である。

 ミカエラは下条匠たちのクラスメイトであるが、同時に異世界の出身でもある。天界という空に浮かぶ島に住んでいた彼女は、人間とは異なる種族――天使である。


 天使とは、かつて創生神を主と仰いでいた集団である。


 現在彼らの主であったエリクシエルは謎の死を遂げたため、一部の上級天使――正天使たちがリーダーとなり国を導いている状態だ。

 この世界の出身ではない。しかし下条匠と同時に異世界へ召喚されたことが関係してか、彼女もまたこの世界に舞い戻ってきたようだ。


「そなたの出現には心底驚いたのぅ。じゃがのう、これもまた魔王陛下の想定の範囲内」

「……魔王が、私たちをこの世界に召喚した?」

「魔王陛下はこの世界に来ることを望んでおった。そのために張り巡らせられた謀略の一つ、それが異世界人の強制帰還魔法じゃった。もっとも、そのような策を弄せずとも……あの方はこの世界に訪れることができておった。手違いじゃよ天使殿。すべては運命のいたずら」

「…………」


 ミカエラは力なく項垂れた。


「私を……どうするつもりですか?」

「まあ、そこでおとなしくしておるがよい。異世界の……それも天界出身の天使がこの地に召喚されたことは想定外。我ら魔族とも人間とも異なる第三の力――聖術。よき機会じゃ、この世界で研究するとしよう」

 

 かつて、魔族と天使は大きな争いをしていた。

 その時、創生神率いる天使たちは魔族たちに全く歯が立たなかった。

 そしてミカエラは戦闘能力こそあるものの、それほど強いわけではない。かつて魔族たちと戦った天使たちは、ミカエラとは比べ物にならないほどの武闘派揃いだったと聞いている。

 そしてこのイグナートと呼ばれる魔王の幹部は、かつて天使と魔族が戦っていた時から生きる古参の魔族である。


 とてもではないが、勝てる相手ではない。


 今、この状況では……ミカエラは捕まっていることしか……できなかった。


 *************


 圧倒的な実力で日本を蹂躙する魔族たち。 

 首都を京都に移転しながらも、不安におびえる日本政府。

 

 頼みの綱は……やはりアメリカだ。 

  

 かつて兵器の購入と引き換えに援軍を依頼したこともあった。しかしそこまでしても魔族たちの侵攻を止めることはできなかった。

 そのうえ、選挙で大統領が変わってしまったら、日本は見捨てられた。


 今、アメリカ軍は魔族と表立って戦っていない。国連を介して中立のまま難民の避難を支援することはあるし、その過程で魔物たちと小競り合いをすることはある。しかしその程度のケンカは魔族にとっても日本にとってもさほど関係ない。

 このままでは、日本は終わりだ。


 だが、転機は唐突に訪れた。

 日本支援否定の急先鋒、アメリカの重鎮が突如として日本を訪問することになったのだ。どんな意図かは分からない。しかしこのチャンスを逃せば、本当に日本は滅亡してしまうかもしれない。


 アメリカの重鎮と交渉を行うのは、現政権に多大な影響力を持ち、交渉力にも優れた一流の政治家。

 スーツの似合うオールバックの中年男性。

 彼の名前は時任春隆。首相経験こそないものの、内閣官房長官など数々の国務大臣を歴任した実力者である。


 国立京都国際会館近く、とあるホテルで二人は非公式に会談の場を設けた。

 

 二人はまず、握手を交わした。 


「お会いできて光栄です、ニコルソン大統領補佐官」

「ミスター時任。お噂はかねがね……」


 ジョージ・ニコルソン。

 龍殺しのジョージ、と異名を持つ彼。あだ名の示す通り、龍を殺すほどの勢いで現職大統領を選挙で勝たせた実績のある実力者だ。

 

 閣僚ではないもののその影響力は甚大。そして何より大統領であるスティーブ・ラスキンに対す影響力は顕著であり、彼と出会う前と後で、大統領は別人のように言動が変わってしまったらしい。 

 ラスキン大統領は彼に弱みを握られているのではないかといううわさもあるほどだ。


「ニコルソン大統領補佐官にご理解いただきたい。私たち日本人は今、貴国の……いえ世界の助けを必要としているのです。どうか一緒に手を取り合い、魔族と戦っていたいただけませんか?」

「…………」


 ジョージ・ニコルソンは黙り込んだ。彼が何を考えているかは分からない。しかしこれまで公式に発せられた声明を見る限り、日本に対してあまりいい印象を抱いているようには見えない。

 辛辣な言葉が飛んでくるかもしれない、と春勝は心の中で身構えていた。


「……我々ステイツは自由と平等の守護者です。魔族という異民族に対し、貴国の主張は少々人権意識に欠けるのではないか考えています。まずか彼らに選挙権と自治権を与え、対話と交渉を……」

「魔族はこの国の生き物ではありませんっ!」

「ご冗談を……。では何もないところから突然現れたと?」


 魔族=異民族説。


 突如として現れた魔族に対し、このジョージ・ニコルソンがたびたび主張している説だった。彼は魔族が日本の土着民族であり、抑圧され続けてきたと言っているのだ。

 つまり今回の魔族の侵攻は少数民族の反乱であり、日本にも反省すべき点があると。


 断っておくが、こんな与太話を信じている人間はほとんどいない。日本にもアメリカにもだ。だが自国主義が優勢になりつつあるこの世界では嘘も方便。過激な言動は注目を集め、それが選挙の票につながったことは否定しがたい。

 そして魔族の出自が明らかにならない以上、やはり何らかの疑念が生まれてしまうのは事実。それは日本にとってあまり良くない内容であることが多い。


 この男は、日本にとって相手にしにくい相手なのだ。


「……ヒヒヒヒッ、さてさて、茶番はこの程度にしておきましょう」

「ニコルソン大統領補佐官?」


 突如、ニコルソンが指を鳴らした。すると、彼の姿が突如として変化した。

 といっても、ほとんど元の彼のままだ。ただ一つ違うところは、耳。人間のそれではなく、まるで物語の魔族のように尖っていた。


「……ま、まさか……あなたは」

「ヒヒヒヒヒ、お……お察しの通り、私は魔族。いっ異世界では迷宮宰相とも呼ばれていました」


 春隆は鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 アメリカの重要人物が、魔族。

 この事実は計り知れない衝撃を持っている。それだけでアメリカの政権を倒せるほどに。

 だが、そのあまりに衝撃的な内容であるがゆえに……おそらくはほとんど多くの人々が信じることはないだろう。むしろ言い出した春隆が嘘つきだと罵られ、余計な外交問題に発展してしまう可能性すらある。


「ミスター時任。た、確かに私は魔王陛下に意見することなどできません。し……しかしあの方の目から、この国の存在を隠すことはできます」

「それはどういった意味ですかな?」

「日本軍は壊滅状態、反抗する気力もない。こっこのように魔王陛下に報告すれば、たちどころに戦意を喪失し、矛先を海外へと向けるでしょう。わっ……私にはそれを伝えるだけの実績があります。……加えて魔王陛下も、最近の侵攻がうまくいきすぎて少々退屈している様子。か……必ずやうまくいくでしょう」

「し、しかし、それでは関東が……」


 日本軍が壊滅状態、と伝えるのはたやすい。だがそれを疑われないためには、自衛隊による積極攻勢を控える必要がある。

 それはつまり、今、占領している関東とその周辺を放棄する必要があるということだ。


「ヒヒッ、わっ……我々も拠点を失っては困りますからね。そのあたりは譲歩していただかないと……」

「…………」


 関東を失う。

 それは戦争に負けることと同義だ。とてもではないが、承諾できることではない。


「よくよくお考え下さい。あなたは今、この国の命運を握っているのです」

「…………」

 

 春隆は悩んだ。

 確かに、自分であれば首相を説き伏せることができる。この男の交換条件をクリアできるのだ。


 関東と、平和。

 悩みぬき……そして……。

 


 その後、魔族の侵攻は一時的に弱まった。

 日本は関東近郊に軍を配置し、継続的に監視を強める。警戒のため攻めたりしない。それは反転攻勢を望む人々の希望が潰えたことを意味する。

 しかし一時的にではあるが、魔族の侵攻が止まったのは事実。


 人々の間に安堵の声が聞こえたのは確かだった。


ここで帰還編は終了です。

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