シーサーペント
ここは海の上。
俺が魔剣の力で凍らせた海の上を、みんなで歩いている状態だ。
背後のアメリカ軍が攻撃してくる気配はない。俺のバリアに諦めたのだろうか? あるいは逃げられないとたかをくくっているのかは分からない。
背後さえ無視すれば、海の上に敵はいなかった。
「すいません……。俺のせいで、みんなが魔族の仲間扱いされて……」
俺は避難するはずだった人たちに謝った。
ミゲルの元信者たちに罪はない。本来なら輸送船に乗って関西地方へ避難していたはずなんだ。彼らの生活をゆがめてしまったのは……俺だ。
「頭を上げてください」
「誰もあなたのことを責めていません」
「私たちを助けてくれたのはあなた様なのです、文句を言う者など誰もいません」
みんな……。
いい人たちでうれしく思う。ミゲルに殺されなくて本当に良かった。
「とりあえず、全員学園に連れていくことにしよう」
と、つぐみが提案する。
「いいのか? 家に帰ったもらった方が……」
「加藤の仲間や魔物たちがうろついているかもしれない。みんなで避難をしていた方が安全だ」
「うーん、そうだよな。緊急事態だもんな」
俺たち家族だけで過ごしたかった……なんて甘えたこと言ってられる状況じゃないか。
「これから向かう場所でもアメリカ軍と戦うのかもしれないだろう? 匠は大丈夫か?」
「……脅しておとなしくなってくれたらいいんだけどな。下手に攻撃してくるようなら……多少の犠牲者がでるかもしれない」
「私たちも被害が最小限になるようにサポートしよう」
そうだな。
やがて、陸が近づいてきた。
船から一番近い陸地、となると俺たちが最初に訪れたアメリカ軍の仮設基地になってしまう。遠回りすることはできるが、徒歩では回り込まれてしまうだけ。
正面突破しかない、という判断でストレートにまっすぐ歩いてきてしまった。
だが、陸地に近づくにつれて……違和感を覚え始めていた。
「……ん?」
陸の方から煙のようなものが上がっている。何かが燃えているような……黒々とした煙だ。
少し、様子がおかしい。
さらに近づいていくと、陸地の様子が露わとなった。
巨大なウミヘビが砂浜を占領している。テントやフェンスはそいつによってぐちゃぐちゃになぎ倒され、見るも無残ながらくたと化していた。
あれは確か……シーサーペントとか呼ばれている魔物のはずだ。ごくまれに海で漁師たちを襲うと聞いている。俺は異世界で海の旅はほとんどしなかったから、遭遇することはなかったが。
軍人たちは町側へと退避し、遠くから銃で応戦している。だが巨大なシーサーペントに小さな銃などかすり傷のようなもの。刺激して怒らせる程度の意味しかない。
魔物に襲われている状態だが、俺が見る限りアメリカ側が劣勢に見える。
「あの人たち、なんであんな銃で応戦してるんだ? もっと強い武器がいくらでもあるんじゃないのか? 戦車とかミサイルとかさ……」
「おそらく本格的に上陸できていない状態なのだろう」
と、つぐみが答える。
そういえば、テントもフェンスも大した造りじゃなかったよな。建物建てるというより、工事現場の仮設工事みたいな感じだった。
今回みたいに、定期的に魔物に襲われてるのだろうか?
「でもアメリカ軍って関東に基地があったよな? あそこからもっと増援をもらえばいいんじゃないのか?」
「…………」
「つぐみ?」
深く考え込んでいるつぐみ。
何か思うところがあるのだろうか?
「匠の言う通りだ。本来なら、もっとアメリカ軍が介入していてもおかしくない。ここで日本を助けることを嫌がる国はいないはずだ。中国もロシアも、本来ならば一緒になって支援してくれてもいいはず。なのになぜこれほど静かなんだ? 私たちのいない間に、この国でいったい何が……」
「ま、まずいぞあれ」
陸上で動きがあった。
銃弾でチクチクと体を傷つけられることに嫌気がさしたのだろうか、シーサーペントはとうとう砂浜を駆け上がっていき、軍人たちが隊列を組む地点に到達してしまった。
「うああああああああああああっ!」
「来るな、来るな来るな来るなっ!」
「か、神よ。どうか救いを……」
屈強な軍人たちも、シーサーペントの巨体にとってはただのアリのようなもの。身動き一つで、まるでボールか何かのように吹っ飛んでいく。
受け身とか、防具とかそんなレベルじゃない。あんな勢いで床にたたきつけられたら……即死だ。
「くそっ!」
さっきまで船で捕まりそうになっていた俺だが、さすがにこれは見過ごせない。このままでは多くの人が殺されてしまう。
俺は駆け出した。
「――〈白刃〉」
俺の白刃が、シーサーペントの胴体を切り裂いた。
「ギャアアアアアアアアアアアア!」
シーサーペントは大型の魔物であり、その力はかなり強い方だ。
だが、それでも魔物という範疇に収まっている。
魔物であれば、俺にとって大した敵にはならない。
胴を切断されたシーサーペントは、それでもまだ暴れまわっていた。生きているのか、それとも筋肉の反射だけでそうしているのか分からないが、いずれにしてもこのままでは被害は拡大するばかりだ。
「〈白王刃〉っ!」
〈白王刃〉は複数の〈白刃〉を発生させる技だ。俺はこれを使って、シーサーペントの体をみじん切りにした。
ここまで切り刻めば、もはや生き物の体をなしていない。シーサーペントだった肉片は完全に沈黙してしまった。
「みんな、大丈夫か?」
俺は苦しんでいる軍人たちのもとへと駆け寄った。
「うあ……ああ…………」
「痛い……痛い……」
「…………くそっ、だから俺は日本に来たくなかったんだ!」
肉体、精神ともにひどいありさまだった。といっても彼らは生きているだけましだ。中には息をしていない人もいる。
生存者を、どこか安静にできる場所に連れて行かないと……。
「すまないな……助かった」
そう言ったのは、船に乗る前にこの海岸でひと悶着あったクルーズ軍曹だった。
「生きてて良かった。けが人について提案があるんだが、このキャンプの代表者と話をさせてくれないか?」
「ちっ、階級が上の人間は全員死んじまったからな。一応、この場では俺が代表……ってことになると思うが」
「ここにはもう住めないだろう? 良ければ俺たちの住処に来ないか? 人はいないけど、近くにビジネスホテルがあったはずだ」
「…………また襲われれば今度は終わりだな。沖の本体へ合流することは難しいか。すまないが、数日程度そうさせてもらえるか?」
まだ魔物が海にいるかもしれない、という危機感があるのだろう。クルーズ軍曹は俺たちが逃げ出してきた船へと戻るつもりはないらしい。
こうして、俺たちは生存者とともに俺たちの住む町へ移動することになった。




