船を脱出
アメリカ軍、軍船の中にて。
俺は囚われてしまった。
監視のための兵士を配置されたこの部屋は、俺をとらえるための牢獄。このままではアメリカに連れていかれ、魔族に加担するテロリストとして処刑されてしまう。
なんとしてもそれだけは避けなければならない。
聖剣を動かせば余計な警戒をされる。
ここは……。
「氷の魔王ケイモーンよ――」
俺は静かに詠唱を始めた。
解放の言葉とともに能力を発動させる聖剣・魔剣とは一線を画すこの力。この世界でも使えることは一紗がすでに証明している。
「青の氷槍」
魔法。
それは異世界における人間の武器。聖剣・魔剣に次ぐ人々の能力。
才能がなく使えないものが多い聖剣・魔剣と違い、魔法は多くの人が使うことができる。縛りがないわけではないがどちらかといえば大衆向けと呼べる。
何も聖剣・魔剣だけが俺の能力というわけではない。剣を奪われて魔法で戦っていた時代もあったほど。
もっとも、あくまで俺の戦い方は聖剣・魔剣がメインとなる。魔法はあくまで副次的なものであり、その練度は専門家に対して劣っている。
人類が使う魔法は十レベルで分類されているが、俺が使えるのは第八レベルまで。こういうのはりんごの方が得意なんだけど、いないものは仕方ない。
俺の生み出した氷の槍は、吸い込まれるように軍人たちへと向かっていく。
「な、なにっ!」
氷の槍は彼らの銃を叩き落し、その手を凍らせた。これでもう銃撃は不可能だ。
「動くな」
一気に形勢逆転をした俺は、そのまま聖剣で鉄格子を切り落とした。そして剣を軍人たちに向けたまま威嚇する。
「お前たちの武器は封じた。これ以上高圧的な態度をとるなら、こっちにも考えがある。おとなしくしていていくれ」
むろん、武器を封じたところで軍人は軍人だ。それなりに肉体は鍛えてあるし、CQCのような格闘術も存在する。
しかし俺の魔法という新たな力を脅威と感じたのだろうか、抵抗する様子はない。
「…………」
このまま素直に逃げられるとは思っていない。
ここからは見えないが、監視カメラのようなものがあってもおかしくない。男たちに無線をもたせている可能性もある。
おそらくこの騒動はすぐにほかの人間に知れ渡ってしまうだろう。
「ここを出よう。みんな、俺の後ろについてきてくれ」
「…………仕方ないね」
鈴菜が頷く。つぐみはすでにミゲルの元信者たちの誘導を始めていた。
巻き込んでしまって申し訳ないが、このままではこの人たちも魔族の仲間扱いされてしまう。
営倉のような部屋を出ると、通路が続いていた。
俺はここに来た時の記憶を頼りに、通路を進んでいった。入口まで戻ることは諦めているが、当てにしている目的地は存在する。
しばらくすると窓が見えた。ここが目的地だ。
もちろん、軍船の窓を蹴った程度で割れるとは思っていない。この先が外だ、ということが分かるそれだけで十分だった。
「〈白刃〉っ!」
俺は聖剣の力を使って壁に穴を開けた。
船を傷つけることになったのは申し訳なく思う。でも俺たちにこれでの狼藉を働いたのだから、多少の損失は理解してもらいたい。
さて、ここから……。
「動くなっ! 武器を捨て両手を上げろっ!」
背後から、新たな兵士たちが俺に迫ってきた。さすがに敵の本拠地でこれだけ暴れてしまっては、すぐに対応されてしまうか。
だが、ここまでくればもうこちらの勝利だ。
「解放、魔剣バリア」
魔剣バリア。
これは透明な障壁を張って敵の攻撃を防ぐ、防御に特化した魔剣である。
威嚇のために軍人たちが放った銃弾は、障壁に弾かれて無効かされてしまう。
「ば、馬鹿な。あの男は聖剣一本しかもっていなかったはずだ。なぜ新たな剣がここに……」
叫んだのは、俺たちをここまで誘導してきた避難の担当を自称する男だった。あの立ち位置を見る限り、ここの指揮をしているように見える。
「俺には聖剣・魔剣を召喚する能力がある。その数は千本に近い。どんな攻撃にも対応してみせる自信がある」
人質さえとられていなければ、逃げることはたやすい。
「くそっ、かまうなっ! 撃てっ!」
跳弾を気にしなくてもよい立ち位置にいる彼らは、問答無用で銃を放った。外が近いこの位置なら、問題ないという判断だろう。
だが……通じない。
強力な魔族の力であれば防ぎきれないのだが、銃弾程度ならバリアの障壁でしのぎ切ることができる。物理攻撃とは相性抜群だった。
「なぜ……なぜ破れない……」
「あまり俺を本気にさせてないでくれ。でないとこの船……空母だか戦艦だか知らないけど、ぶっ壊すことになるぞ?」
現に壁を破壊した後なのだ。説得力は十分にあるはず。
軍人たちは俺の言葉を聞き、一斉に銃を収めた。
「俺たちは帰らせてもらう。追ってくればこの船を遠くから聖剣で攻撃する。人が死なないように工夫はするけど、甲板のあたりを吹っ飛ばすぞ?」
「……無駄だ」
避難担当の男はまだ諦めていないらしい。
「ここは海岸から遠く離れた沖合い。泳いで逃げかえることは不可能……とは言い切れないが、かなりの苦労を要する距離だ。加えて沿岸のキャンプでは君たちの逃亡を想定して警戒態勢を敷いている」
「…………」
無駄、か。
全く根拠のない言葉ではないらしい。
「確かに、泳げない人間なら陸までたどり着けないかもしれないな」
「その通りだ。ましてや重い剣を持ちながらの遊泳など不可能に近い。あきらめろ。そして自らの罪を恥じるのだ」
「なら、徒歩でいけば問題ないよな?」
「どういう意味だ?」
「解放、魔剣グレッチャー」
グレッッチャーは氷を司る魔剣である。
俺の能力によって海は凍結し、まるで氷河のようになってしまった。
「う、海が凍って……」
「り、陸地まで続いてるぞ。あの氷河」
「ありえない、なんて威力だ……」
銃を持っていた軍人たちが一斉に震え始めた。どうやらやっと実力差を理解してくれたらしい。
これで余計な争いはしなくて済みそうだ。
「少し遠いけど、みんな歩いてくれないか。俺が背後について守るから」
陸地は見えるが、かなり遠い。おそらく歩いて一時間前後といったところだろうか。俺たちだけならいろいろと方法があるが、これだけの人数を連れてというのであれば歩いていく以外に道はない。
「…………」
背後を俺が守ることにより、仲間たちは次々と氷河に移っておく。最後に俺が船から飛び降り、障壁を張ったまま歩き始める。
こうして、俺がしんがりを務めながら船を脱出することになった。




