異世界転移の翻訳スキル
翌日、俺たちが南の海岸へと向かうことになった。
自動車を使っての移動、俺、つぐみ、鈴菜が軽自動車に乗り、ミゲルの信者たちは別の二台の普通車に乗っての移動だ。
鈴菜の車が先頭を走り、周囲を警戒。魔物が出たら俺が出て倒す。魔族と遭遇したら……その時は難しい判断を迫られるだろう。
だが結果として、俺たちが魔族と遭遇することはなかった。道路が人気のない山道だったのが幸いしたのだろうか? 魔族も荒くれ者も、こんな道路だけの場所に用事はなかったのだろう。
だが途中で壊れた自動車が放置されているのを見た。窓ガラスが割れていたり、黒い汚れがこびりついていたりと尋常ではない様子だ。中には白骨化した死体もあった。
おそらく大きな争いがあったのだろう。まだここか避難民であふれていた時、魔物たちが人間を襲っていたのかもしれない。
車を避け、時には邪魔な廃車を聖剣で吹き飛ばしながら、俺たちは前に進んだ。
そして、ここにたどり着いた。
太平洋沿岸、神奈川県の海だ。
夏場は海水浴場として利用されているそこには、多くのテントが設置されていた。余計な建物を建てていないのは、魔族の襲来を恐れてのことなのだろうか?
この辺りは砂浜が続いていて見通しもいい。魔族が現れたらすぐに攻撃できるということだろう。
周囲には簡単なフェンスが設置されている。おそらくは電流が流れる仕組みになっているのだろう。むやみに近づくのは危険だ。
フェンスの前には銃を構えた男たちがうろついている。周囲を警戒するその姿は殺気を帯びていた。魔族が出たら射殺するつもりなのかもしれない。
車を近づけたら変に警戒されると思い、俺たちは少し離れたところに停車して、歩いてここまでやってきていた。
向こうも当然俺たちの存在に気が付いている。
魔族の中には人間とそう容姿が変わらない奴も多い。まさか俺たちが敵だと思われてはいないと思うけど……。
「私は英語が話せる。ここは任せてくれ」
助かるな。俺は全然英語話せなくて、たぶん後ろの人たちもそんなに話せないと思うから。
つぐみは両手を挙げながら兵士に近寄って行った。
「ラジオ放送を聞いてここまできました。関西地区への船に避難する人を乗せていただきたいのですか」
「日本人か? 少し待っていろ。担当者を呼んでくる」
と、二人は日本語で言った。
あれ?
つぐみ、英語が話せるって言ってたのに、普通に日本語話してるぞ? しかも相手の軍人さん、普通に日本語話してる。
なんだよ、向こうの人たち日本語話せるなら、別につぐみが話さなくてもよかったんじゃないか?
などと思っていたら…………。
「すごい……流暢な英語だ」
「留学経験があるのかしら?」
そんなことを、ミゲルの元信者たちが話し始めた。
は?
おかしい。みんな英語に聞こえているみたいだ。
でも俺には日本語に聞こえる。
なんで?
「な、なあ? 俺の耳がおかしいのか? 今、つぐみの声が日本語に聞こえたんだけど」
俺は今起こった出来事をそのまま鈴菜に話した。こんな変なことを周りの人間に聞かれたくなかったから、もちろん小声だ。
「翻訳スキル、かな?」
「翻訳スキル?」
「異世界人と日本人の僕たち。なぜ普通に話ができているのか疑問だったが、おそらく……あの世界に召喚された者は翻訳スキルのようなものが与えられているんだと思う」
な、なるほど。
確かに異世界とこの世界の言葉が同じなんて、普通に考えたらおかしいよな。しかも英語じゃなくて日本語なんて。
あのミゲルだって、信者たちと普通に会話できていたように見える。ならおそらく、異世界を渡るときに翻訳スキルが付加されるんだ。そう考えるのが一番自然か?
「じゃあ鈴菜やつぐみたちにも、あの会話が日本語で聞こえてるのか?」
「僕やつぐみはもともと英語を話したり聞いたりできるからね。そのスキルみたいな能力の影響を受けていないみたいだ」
なんということだ……いつの間にか俺は英語の天才になっていたようだ。話を聞く限り、聞くだけじゃなくて話すこともできるかも。
うーん、今俺が英語のテストを受けたら100点満点がとれるのか? しかも英検もTOEICも最高レベル確実?
こ……これは地味にすごい能力なんじゃないだろうか? 同じ理屈で古文漢文も満点取れるのか?
今の俺なら東大とまではいかないまでもレベルの高い大学に入れて……。いやもう翻訳や通訳で食っていけるんじゃないのか? 俺がこの世界で暮らせば未来はバラ色で……。
いやいや、何を考えているんだ俺。
異世界には息子と娘が待っているんだぞ? 俺たちは魔族を倒したら元の世界に帰るんだ。
今はまだ全員帰れないけど、いつかはきっと……。
などと一人で悶々としていたから気が付かなかったが、どうもつぐみとアメリカ軍人との話し合い……雲行きが怪しいらしい。
避難の担当者、と言ったアメリカの軍人は長身の男だった。
「避難を希望しているのはあちらの十人だ。私たち三人はこの地に残りたい」
「現在、この国は未曾有の災害につき国民全員に避難の命令がされている。例外は認められていない。全員速やかに小型船に乗りなさい。沖合いの輸送船まで案内する」
当然だな。
普通に考えるなら、全員安全地帯に移動するべきだ。魔族や魔物の脅威を考えるなら、ここにとどまっていることはあまりに危険すぎる。
事情を説明する必要がある。
俺はつぐみの隣に立った。
「待ってくれ。俺たちは大丈夫なんだ。ここに残ってても危険じゃない」
「君も英語が話せるのか?」
やはり俺も英語で話ができるようだ。会話自体はできる。
異世界、なんて突拍子もない話を信じてもらえるかどうかは微妙なところだ。だが魔族や魔物の存在が知れ渡っているのなら、多少のファンタジーも許容されるはず。
俺はすぐさま右手に聖剣ヴァイスを出現させた。もちろん、この軍人さんから見えない位置でだ。
論より証拠というやつだ。
「俺は聖剣が使える。こいつは一本あれば建物を切り裂くことができるほどの兵器だ。俺はこいつで仲間たちを守って、魔族を倒していきたい。だから俺の身内は避難する必要はないんだ」
「聖剣? なぜ一般人がそのようなものを……」
「聖剣のことを知っているのか?」
「君は一般人だろう? その剣は大変危険な兵器、いや、そもそも日本で許可なく刀剣を所持することは禁止されているはずだ。いますぐこちらに渡してもらおう」
この世界にも聖剣・魔剣が来ているのか?
魔族は基本的に聖剣・魔剣を使わない。その強靭な肉体で暴れまわったり、純魔法と呼ばれる特殊な力を使って攻撃をしかけてくる。
ただ一体の例外を除いて……。
奴が……刀神ゼオンがこの地に蘇っているのか? しかもアメリカ軍が聖剣・魔剣の働きを知ってしまうほどに、暴れた?
「俺は聖剣使いだ。あんたたちよりもこの剣の扱いに長けている。人を殺したりはしないから安心してほしい」
「……やれやれ、日本ではこういったヒーロー気取りのことを『中二病』と揶揄するのだったな」
「…………」
中二病なのかどうかは知らないが、バカにされているのは理解した。
どうも俺が聖剣を扱えると信じてないらしいな。やはりここで実演して見せるしかないのか?
「クルーズ! クルーズ軍曹!」
俺たちと話をしていた軍人が、海岸のキャンプに向かって声を荒げた。
すると、砂浜で訓練をしていた屈強な男が、こちらに向かってきた。
身長は二メートルを超えているだろう。軍服越しに浮き出ている筋肉もなかなかのものだ。素手で戦って俺に勝ち目がないのは明白。
そしてあの手に持っているのは……まさか、聖剣か?
「クルーズ軍曹は我が国最高の聖剣使いだ」
なん……だと。




