虹色の真解
俺は〈真解〉を発動した。
神剣エリクシエルを用いたこの技。もちろん使用するのは初めてだ。
「こ……これは……」
あらゆる生物を生み出したとされる、創世神エリクシエル。彼女の〈真解〉はその万能性にふさわしく……虹色であった。
「……馬鹿なっ」
エリクシエルの〈真解〉は魔王の〈グランメギド〉を完全にはじき返した。そしてそのまま巨大な光の柱が、魔王を飲み込んでいく。
あいつ、あんなに性格悪かったのに。この力は……随分ときれいなんだな。
それは、まるでこの物語の終焉を彩る花火のようで……。
そして――
「ぐっ、はっ……」
巨大な柱が消えたのち残っていたのは、もはや元の肌の色が分からないほどに黒く焼け焦げてしまった魔王の姿だった。
魔王は……もう立つことができないようだった。倒れるその姿には力を全く感じない。重力に任せて崩れ落ちてしまった。
そして、俺の手の神剣エリクシエルが壊れた。
魔王の手に握られていた剣も同時に、だ。
〈真解〉の反動か。エリクシエルにとってまさしくあれは魂を込めた一撃だったということだ。
俺は魔王に近づいた。
わずかながら息がある。こんな姿でもまだ生きているようだ。
とはいえ、さっき倒れた様子を見る限りとてもではないが戦える様子ではない。致命傷だ。
「なあ」
俺は魔王に話しかけた。答える気力があるのかどうか分からないが……。
「あんた、どうしてこんなになるまでして戦ったんだ?」
「…………こ」
独り言のようなものだったが、どうやら魔王は答えてくれるらしい。
「……この世界に……は未知の兵器があった。異世界……に勝る力を持つ者たち……がいた。異世界での……戦いに飽きていた我は、戦……いを求めてこの地……に来たのだ」
何度も聞いた言葉だな。最後の最後まで……それが本音だったということか。
「その結果こうして死んだんだろ? お前はそれで良かったのか?」
「我は勇……者と戦い死んだ……。この……結果には満足……している」
「勝手な奴だ。お前のせいでどれだけの人間が死んだと思ってるんだ」
「魔族は……終わりだ。止めを刺せ、人間よ」
「ああ……」
俺は聖剣ヴァイスで黒焦げになった彼の体を両断した。
そして息をしなくなった奴の体は、黒い灰となって周囲に散ってしまった。
こうして、魔王は死んだ。
「終わった、な」
思わず、そう呟く。
「終わったようだね」
俺の独り言にこたえてくれたのは……。
「フェリクス公爵」
そういえば、この男が残っているな。
フェリクス公爵。
アンデッドとしてこの世界に転生を果たし、ここまで俺たちを道案内してくれた人物。
「主の敵討ちに俺と戦うつもりか? 実力差はもう分かってるんだろ? 逃げ出したりしないのか?」
「私は異世界で初めて君の前に立ちはだかった強敵。ならば君の長い英雄譚を終わらせる最後の敵として、私がこの場にいることは当然だと思わないかね」
「敵として俺と戦うってことか?」
「ふふ、そんなつもりはないさ。先ほどの話通り私では君に勝てない。もう終わりでいいのだよ、タクミ殿」
フェリクス公爵はそう言って俺の前に立った。魔法を使うわけでもなく、剣を構えるわけでもなく、無防備なまま突っ立っているだけだった。
「もはや我が生に意味はなし。殺してくれ、タクミ殿」
「フェリクス公爵……」
魔王の死に、自らの終わりを覚悟したということか。
一瞬、俺はフェリクス公爵のことを考えて同情した。異世界で死んで、そしてこの世界でも死ぬこととなってしまった彼の運命。魔王の下で果たして元人間である彼はどれだけ幸せだったのだろうか? あまり善人ではなかったが、かといってむやみやたらに殺戮や暴力を好む性格でもなかったはずだ。滅びに向かう魔族たちの横暴に、彼は決して良い心地がしなかっただろう。
だが安易な同情で生かしておくにはあまりにも罪を重ねすぎた。
俺は異世界に帰る。向こうの住人として、この男を断罪しなければならない。かつて俺を騙し、乃蒼を傷つけ、鈴菜を苦しめ、璃々を操りつぐみと敵対し、そして何より世界中の多くの人が苦しみ死んでいく元凶を作った張本人がこいつだ。
「――〈白刃〉」
それは、特に力を込めていないいつもの一撃だった。
だがアンデッドとしてさしたる力もなく、そのうえ抵抗するそぶりすら見せないフェリクス公爵にとっては、十分すぎるほどに致命傷となる一撃だった。
フェリクス公爵は胴を両断され、先ほどの魔王と同じように灰となって消えてしまった。
安らかに眠れフェリクス公爵。
俺は……騙されるとわかる前まで、あんたのこと嫌いじゃなかったんだぞ?
「お父様っ!」
感涙極まったエドワードが、そのままの勢いで俺に抱き着いてきた。
「おめでとうございますお父様っ! お父様は間違いなくこの世界の、そして向こうの世界でも大英雄です! そんな偉大なお方を父に持てて、僕はとても誇らしいですっ!」
「エドワード」
俺は息子の頭を撫でた。
これからは戦いのことを忘れて、向こうの世界で家族と平和な時を過ごそう。
「私も……今までごめんなさい。お父様のことを性欲の権化だとか、犯罪者とか言って。攫われた私を助けてくれてありがとうございます。私も、お父様の娘で……嬉しかったです」
「リンカ……」
リンカはここに来る前まで俺のことを嫌っていたみたいだったが、俺の活躍を見て少しは考えなおしてくれたらしい。
「もー、リンカ姉さん、だから言ったのに! お父様はすごい人だって」
「で、でもエドワード! やっぱりハーレムとか何人も妻がいることには問題が……」
うーん、まだわだかまりがあるかもしれない。一度ゆっくり話をする時間が欲しいな。
さて、と。
これからどうしようか?
春樹に連絡して。
そうだな、一日か二日ぐらいは戦勝の宴を開いてもいいかもしれない。
そのあと、異世界に帰ろう。
俺たちの家族が残る、向こうの世界に。




