二本の剣
魔剣ベーゼの助言によって、俺は空の魂を召喚した。
そいつはかつての俺の敵であり、異世界の神でもあったエリクシエルだった。
エリクシエルと魔王は死闘を繰り広げた。奴にとって魔王は自分を殺した敵だったのだから、間違いなく全力だったのだろう。
だがそれでも、魔王には届かなかった。
「ア……ア……ア……」
エリクシエルが、魔王の魔法によって聖剣・魔剣にされそうだ。霧状だったからだがどろどろの液体になり、少しずつ……そして確実に魔王のもとへと集まっていく。
エリクシエルは異世界の神だ。
こんな奴が魔剣か何かになってみろ。ただの凡庸な力で収まるはずがない。そもそも人間以外を聖剣・魔剣にしたなんて話は聞いたことないしな。
それはきっと、世界を滅ぼせるようなすさまじいスキルを秘めた剣。もはや聖剣・魔剣のカテゴリに属するのかもわからないほどの恐ろしい威力を持つに違いない。
魔王にとってそれはきっと鬼に金棒。今でさえ絶望的な戦いを強いられている俺たちが、さらなる絶望に陥れられるなんて。
……どうする?
攻撃して妨害を?
いや、今更多少攻撃したところで魔王にとって蚊に刺されたようなものだ。とてもではない届くとは思えない。
ならば……。
俺は聖剣ヴンターを構えた。
エリクシエルを召喚したときと同じだ。こいつを使えば使えないはずの魔法や聖剣を奇跡的に扱うことができるようになる。
といっても、ただ攻撃するだけで勝てる気はしない。この場をしのぎ、そして有利に進めるために俺がとるべき行動……それは。
「――〈剣成〉」
こうだっ!
「なにっ!」
驚愕に満ちた魔王の声に、俺は確かな手ごたえを感じた。
〈剣成〉。
言うまでもなく、この魔法は対象を聖剣・魔剣に変える魔法であり、今まさに魔王がエリクシエルに対して使っている。
俺は全く同様の魔法を放ち、魔王の〈剣成〉に介入したのだ。
「よしっ!」
魔王のもとに収まるはずだったエリクシエルの体が、俺のほうにも集まってきた。介入は成功したのだ。これでこの魔法が失敗に終わってくれれば……。
「…………」
「…………」
じりじりと、つばぜり合いのような魔法のせめぎあいが続いた。
魔王がこちらに攻撃してくるかと思っていたが、その気配はない。ゼオンが生み出した魔法を見よう見まねで発動した、という条件は奴も同じのはずだ。ああ見えてほかのことをしている余裕がないのかもしれない。
とはいえ、それは俺も同じ条件なわけで。
地味だが、神経を削るような戦いが続いた。
「ア……ア………………」
そして、エリクシエルが消えた。
〈剣成〉の魔法はエリクシエルの身を完全に削り、とうとう剣そのものにしてしまったのだった。
「これ……は……」
俺の手には、エリクシエルの体から生まれた剣が握られていた。
そして、魔王の手にも同じものが。
二本の、剣?
同時に魔法を使ったことによって、エリクシエルの剣も二分されてしまったようだ。どちらか一方のすべて引き寄せられるかと思ったが、そんなことはなかったようだ。
「一つの体に二本の剣、か。エリクシエルはもはや元には戻せないであろうな」
通常、聖剣・魔剣は元となった人間の意識を残している。しかし今回のエリクシエルは俺が介入したことによって二本に分かれてしまった。
俺には聖剣・魔剣の声を聴き分ける能力があるのだが、このエリクシエルの剣からは何も声が聞こえなかった。死んでいる、というのは少し変かもしれないがそんな状態なのだろう。
「人間の勇者よ。よくぞ我が魔法に介入した。その機転と勇気は称賛に値する」
「お前に褒められても嬉しくない」
実際のところ、うまくいくかどうかは半信半疑だった。失敗していたら馬鹿にされていたのだろうか?
「異世界の神エリクシエル。大地も海もあらゆる生物も、あの神が生み出したもの。世界を生みしその力、果たしてこの剣にはどのような力があろうのだろうか?」
「ここは俺の故郷なんだ。暴れるなら誰もいない海の上にしてくれ」
「心躍るな人間よ。同じ剣に最高の使い手とは、試し打ちするのにこれほどよい環境はない」
「…………」
試し打ち、か。
うっかりそのまま俺や周りの仲間たちまで皆殺しにしてしまいかねない、そんな発言だと思った。
魔王は俺の言葉など全く意に介さず、剣を構えた。
「解放――神剣エリクシエル」
神剣エリクシエル。
それは聖剣でも魔剣でもない、第三の概念。良い心を持った人間が生み出した聖剣と、悪い心を持った人間が生み出した魔剣。いずれにも属さない。
『神剣』と呼ばれるその剣は、果たしてどのような分類なのだろうか?
「解放――神剣エリクシエル」
魔王と同様に、俺もまた神剣を発動させた。
「これは……」
「ほう」
俺、そして魔王は感嘆の声を上げた。
通常、聖剣・魔剣を起動するとその剣の扱える技が頭の中に流れてくる。だから俺は〈白刃〉などの技をすぐに扱うことができた。
だがこのエリクシエルの剣、技があまりにも膨大だった。俺がこれまで持っていたどんな聖剣・魔剣よりもだ。
「はははっ、人間よ、これは本当に面白い戦いになりそうだ! 果たして我を倒せるか? 否、我はこの人間を倒せるのか?」
魔王と俺。
奇しくも同じ剣での戦い。
ここからが……本番だ。




