魔王との再会
異世界の勇者である俺。
そして魔族の王である魔王。
これで二度目となるが、この世界での再会だった。
いつか見たその時の姿のまま、幼女の容姿をした魔王がそこに立っていた。
「久しいな、勇者よ。我が配下たちをよくもまあここまで。貴様の存在は、我にとって全くの計算外であった」
「俺を呼び寄せたのはあんたの策略だろ? だったらこういうのを自業自得って言うんだぞ? 反省したらどうなんだ?」
「反省……。これはおかしなことを言う。我は喜んでいるのだ。貴様という存在が、巨大な敵となって我々の前に立ちふさがったことを」
まるでライバルを求める主人公みたいな言い方だな。
確かに、スポーツ漫画とかならその展開でいいかもしれない。でも、俺たちにも向こうにもこれだけの犠牲者がでたこの状況で、よくそんなことを言えるな。
「お前の勝手な行いのせいで仲間が死んだ。この世界に来なければ、そして向こうの世界でも人間と争わなければ、お前たちは今よりもずっとまともに暮らしていけたかもしれない。どうしてこの世界に来た? いや、もっと言うならどうして異世界で人間を殺した?」
「我ら魔族は戦いの本能に生きる生物だ。強き者を見つけるためさまよい、そして出会い戦うことは当然の帰結」
「俺はそうじゃない魔族たちを知っている。魔族だってともに歩むことができるはずだ。本能とか使命とか、そういう言い方はおかしいだろ?」
「そいつらはただの変わり者だ。魔族であって魔族でない。この魔族の王である魔王が言うのであるから間違いないだろう」
「…………」
別に、話し合いで解決できるとは思っていなかった。すでにこの世界でこれだけの犠牲を出してしまった以上、たとえ今から魔王が改心したとしても国や世界が許さないだろう。
ただ、俺はこう質問してみたくなっただけだ。
どうしてさっきみたいな甘いきれいごとを受け入れられなかったのか、と。
「では始めようか、最後の戦いを」
幼女の身からは考えられないような殺気を発する魔王。
やはり悪人は悪人。俺たちは戦う運命にあるらしい。
「貴様に勝ったのち、我はこの国を、そして世界を蹂躙しつくそう。かつて創世神エリクシエルが人間に対してそうしようとしたように、支配下の人間たちは奴隷にするもよし。気まぐれに殺すもよし。すべては我の思うがままだ」
「最低な奴だな。人間を支配しようとしていたエリクシエル以下だ」
「この世界の人間たちは覇気があっていい。我は永遠に飽くなき戦いを貪り、傷つき、そして学び鍛えられ、さらなる高みを目指すであろう」
「……いい迷惑だよ、お前は」
思えば、異世界では魔族たちが圧倒していた。
人間の使える魔法は限りがあり、聖剣・魔剣もまた人を選ぶ。そのような状態で身体能力や魔法に長けた魔族と対等に戦えるはずもなく、人類はいつも劣勢だった。
ところが、この世界ではどうだ?
日本は魔族たちを関東地方に閉じ込めた。そしてアメリカ軍と共同で次々と支配地を開放している。
確かに三巨頭レベルの相手では勝てなかったかもしれないが、確実に成果をだしている。
いや、その成果すらも歩兵や空爆によるきわめ局地的な攻撃だ。核に代表されるようなミサイルを使用するなら、犠牲と引き換えにさらなる戦果を得られただろう。
つまりこの世界の人類は、良く戦っているのだ。犠牲を無視さえすれば、魔王すら倒してしまいかねないほどに。
だからこそ、魔王は楽しいと思ってしまった。
だからこそ、争うことを止めようとしない。
倒さなければならない。
ここでこいつを止められなければ、人類は……終わることのない争いに巻き込まれてしまう……可能性がある。
「……ふんっ!」
どん、と地震のように大地が揺れた。
魔王が力を込めているらしい。幼い子供が一生懸命力を入れている、そんな微笑ましい絵面とは裏腹に、俺は震えを禁じ得なかった。
すさまじい魔力の奔流だ。やはりどの魔族よりも……ゼオンやイグナートよりもはるかに上。
「ぐ……ぐうぐ……ぐ」
幼女という肉体に秘められた魔王としての真の力を、解放しようとしているらしい。
次に視界を追ったのは、闇。
「うっ!」
俺は思わず目を塞いでしまった。
すさまじい魔力の風とともにやってきたのは、魔王の体から溢れ出た闇のような物質だった。かつて呪われた魔剣ベーゼが生み出した瘴気のような、あまり気持ち良くない感触だ。
「…………」
俺は聖剣ヴァイスを構えた。
「――〈白王刃〉」
複数の刃を発生させる技――〈白王刃〉。
むろん、この程度の技であの魔王が倒せるとは思っていない。この目障りな霧を取り払うためのただの扇風機だ。後ろにいる俺の妻たちに、もしものことがあってはまずいからな。
俺の放った技によって、魔王の周囲に散っていた黒い霧が、一斉に遠くへと吹き飛んでいった。
そして――
魔王がその姿を現した。
魔力を極限まで解き放った影響なのだろうか、かつてかわいらしい幼女であったはずのその姿は……全く違ったものになっていた。
まず目につくのはその巨体だ。俺の元の体の四倍から五倍程度に膨れ上がり、筋肉質で荒々しい印象。
肌の色も黒い霧に当てられたせいか、黒煙のように濃い黒色に染まっている。
加えて頭に角のようなものまで生えていた。
そしてそこまで変化しながらも、頭から生える金髪はそのままだった。
「異世界で見たお前の首と違うんだが、それがお前の本来の姿か?」
「この世界に生きる人々の恐怖を体現した姿……とでも言おうか」
「…………」
……驚いている暇はない。
俺は戦わなければならないんだ。




