昔話
無人の線路を歩く俺たち。
フェリクス公爵に案内されながら、俺たちずっと歩いていた。
「ほう、ではマルクト王国のヨーラン将軍は君たちが殺したのか」
「ああ……俺はいきなり殺すつもりはなかったんだけどな。殺しても仕方ない、そんな悪事をしでかした男だ」
俺たちは昔話をしていた。
楽しいとは思っていない。フェリクス公爵は俺の敵だった男であり、その悪事には大いに苦しめられた。本来ならばこうしてのんきに会話をする間柄ではないのだ。
しかし背後に強大な魔王という敵の存在を理解している今、むやみに事を荒立てることはできない。不本意ではあるが、会話は必要なことだ。
もっとも、話を盛り上げたり媚びたりするつもりもないけどな。
「ずいぶんとヨーラン将軍にご執着だな。あいつのことを恨んでるのか?」
「私以外の貴族を虐殺して、私が呪いの魔剣に手を出さざるをえなくなった原因となる男だからね。死んでくれてせいせいする、といったところか。とんでもない悪人さ」
「俺にとってはあんたの十分すぎるほどに悪人なんだけどな。少しは自分のしでかしたことを客観的に見つめなおしてくれないか?」
「……これは手厳しい」
結局、どれだけ話してもこの男に対して同情のような気持ちを抱くことはなかった。向こうの世界でも、そしてこの世界でも俺たちは敵同士なのだ。
「……俺と会話してて、楽しいか?」
「私は異世界で初めて君の前に立ちはだかった強敵だよ。そして君は私の野望を打ち砕いた張本人。こうして最後の戦いを前にして会話を交わせることが、運命的だとは思わないかい? 少しくらいは思い出話に花を咲かせても良いと思うがね」
「懐かしい思い出話みたいに語られても困る。俺はあんたのせいで苦しんだし、向こうの世界には家族や親族をなくした人だっているんだ。あんたには罪がある。俺は向こうの世界の住人として、あんたことは絶対に許さない」
「ふっ、君に異世界人代表として諭されるとはね。時間がたつのは早いね。いつしか私の方が異邦人になってしまったということか」
「…………」
そうだな。
向こうの世界では、俺たちが異世界人だった。フェリクス公爵は現地の人間で、貴族で、俺の味方であり敵であった。いろいろ思うところもあるが、少なくとも俺が外から来た人間であるということは間違いなかった。
そんな俺も、魔族を倒して、天使を倒して神を倒して、英雄として祭り上げられ、気が付けば立派な異世界の住人になっていた。今だってこの世界に残ろうだなんて全く思ってない。すべてが終われば子供たちとともに異世界へと戻るつもりだ。
長い長い戦いの果てに、俺は心も体も向こうの住人になってしまったのだ。
まさかその戦いに続きがあるなんて思ってなかったんだけどな。
「……どうやら、無駄話もここで終わりのようだね」
そう言って、フェリクス公爵は足を止めた。
ここは線路の上、気が付けば次の駅までやってきていた。
「この駅の近くに、魔王陛下がいらっしゃる。もはや私が道案内する必要はないだろう」
「じゃあ、もうお前に用はないってことだな?」
俺は剣を構えた。
話はしたが見逃すつもりはない。ここでこいつを逃がして何か悪いことが起こるとは思えないが、悪人であることに変わりはない。ここで処罰しておかなければ、後々この世界の禍根になる可能性が……。
「待ってくれ」
「命乞いは無駄だぞ?」
「もはや力も何もない、ただの魔物である私が何かをできるとは思っていない。ただ、君たちの戦いを……最後まで見届けさせてくれないか?」
「見届ける?」
「異世界で最初に君と戦うこととなった強敵、それが私なのだろう? ならばこの戦いの終焉を見届ける者として、私以上にふさわしい人材はいないと思うが? いかがかな?」
「…………」
この男には罪がある。
それは少しの感傷程度で許されるものではない。元の世界であれば絶対に死刑となっていただろう。
そんなことは政治に詳しくない俺であっても良く分かっている。
けど……。
「勝手にしろ」
どうして、こんなことを言ってしまったのだろうか?
最後という言葉に俺も感じるものがあったのかもしれない。もしこのまま俺たちが全滅してしまったら、などという不吉な仮定は全くしていないつもりだが、やはりこの局面ではどこかでそう思っていたのかもしれない。
見届ける者……が必要だとは思いたくないんだけどな。
フェリクス公爵はもはや道案内としての役割を止め、俺たちの後ろをついてきているようだった。後ろではりんごや雫が警戒している。今の奴レベルでは二人だけでも十分倒せるだろう。
邪魔になったら倒してしまえばいい。もはその程度の存在だ。
俺たちは線路からのりば近くとやってきた。近くの階段を上り、駅の外へと出る必要がある。
この辺では珍しくない、どこでもある普通の駅だ。だが田舎の改札しかないような駅と違い、多数の飲食店や店舗を内在しているこの場所は視界が悪い。
一体どこに魔王がいるのだろうか?
今更奇襲なんてしてこないとは思うが、目の前が開けていないというのは不安で仕方ない。
とりあえず、ここから出ればいいのか?
少し迷ったが南口から外に出ることにした。スペースが広いからだ。
建物の外を抜けると、駅前広場にたどり着いた。もちろん何もない草原の広場というわけがなく、石材のタイルと申し訳ない程度の観葉植物の植えられた小ぎれいなスペースだ。
そこに。
「久しいな、勇者よ」
魔王がいた。




