懐かしい人物
魔王を倒す。
その強い決断を胸に燃やした俺は、いよいよ東京の中心部へと移動を開始した。一人ではなく、家族全員を連れての移動だ。この間にみたいに、知らないところで誘拐されたりしたら困るからな……。
しかしいくら俺でも多くの魔族たちがたむろする町中を駆け抜けるようなつもりはなかった。ゆっくりと前に進み、近くにいる魔族を倒しながら進む……そのつもりだった。
だがその想定は思いがけないところで破綻する。
敵がいなかったのだ。
これには様々な理由が考えられる。そもそも魔族たちは前線で戦っていることも多いため、中央に残っている数はそれほど多くない。
しかしそれでも魔物たちまでいなかったのは……もう一つの理由が原因だろう。
自衛隊やアメリカ軍の影響だ。
かつてクルーズ軍曹たちがイグナートやマリエルとの戦いに介入してきたように、関東にも確実に軍の影響が伸びている。彼らは魔王を倒せないまでも多くの魔物たちを葬り、そして時には魔族たちすらも倒してしまったようだ。
彼らの戦果として、俺は残っていた死体と激しい戦いのあとを何度も目撃した。
もはや魔族三巨頭は存在せず、多くの魔族たちが自衛隊やアメリカ軍によって倒されてしまったようだ。
俺が激戦を繰り広げている間に、中央ではこんなにも成果を出しているなんて……。
俺は意外に思いながらも、この世界の未来に少しだけ安堵していた。
そして何のトラブルもなく東京の中心部に進むことができた。人は全くいない、無人の建物ばかりが残された廃墟の都市だ。
そして俺はそこで、思いがけない人物と出会うこととなった。
それは、とある駅の前を歩いていた時のことだった。
「久しいね、匠殿」
券売機の奥、ちょうど地下に続く階段から会われたのは……一人の男だった。
カイゼルひげが特徴的な彼のことを……俺は良く知っていた。
「ふ……フェリクス公爵」
フェリクス公爵。
かつて異世界で俺たちを召喚したグラウス王国の重鎮。その狡猾な頭脳で異世界に来たばかりの俺を欺き、そして当時のつぐみと争わせる原因を作った男。
他の魔族たちと同じように、フェリクス公爵は俺と戦って倒された経緯を持つ。
だけど彼はあくまで人間だ。魔王が仲間の魔族たちを生き返らせる理屈は分かるが……なぜこの地に?
「どうして……あんたがここにいるんだ? あんたはあの時、俺たちが倒したはずだ」
「君が倒した他の魔族たちと同じ理屈さ。魔王陛下に気に入られた私は魂をこの地に召喚され、アンデッドとして蘇ったのだよ。もっとも、私が望んだ話ではないのだがね……」
「今度は魔物になって俺を倒しに来たのか?」
俺は剣を構えて彼を威嚇した。
が、そんな俺の戦意など全く意に介さないように、フェリクス公爵はカイゼルひげを撫でている。
「ふっ……冗談を……」
「冗談?」
「今の私は魔王軍において下から数えた方が良いほどの実力。今更君と戦ったところで結果は火を見るよりも明らかだ」
「…………」
確かに、今となってはフェリクス公爵自身の実力なんて大したことはない。昔は呪われた魔剣のせいで苦戦を強いられたこともあったが、今、その剣すら持っていない様子だ。
雑魚、と言ってしまってもいいかもしれない。
アンデッドは昔よく俺も戦っていた魔物だが、それほど強い印象は受けていない。生前が人間や動物である以上、伸びしろも限られているのだ。
今の俺でなくても、異世界に行ったばかりの俺であったとしても十分倒せるレベルだった。
「戦わない? ならどうするつもりだ? 命乞いをして俺に助けてもらおうって話か? 悪いけど、俺はもうあんたのことを信用できないぞ? 命乞いは無駄だ」
「このたびは魔王陛下に君を案内するよう命じられてね。そのためにここに来たのさ。魔王陛下より君の居場所を聞いてね」
案内?
魔王が?
浅からぬ因縁を持つ魔王だ。俺との戦いを望んでいるという気持ちは理解できなくもない。しかし――
「そんな話を急に聞いて、はいそうですかって頷けるわけないだろ? 俺は魔王を倒すためにここまで来た……敵なんだぞ? 罠じゃないのか?」
「罠ではないさ」
「…………」
俺たちは、こうして堂々と魔王に会いに来た。向こうが居場所まで案内してくれるというなら、それは願ったりかなったりだ。
どのみち、都合よく奇襲ができるとは思っていない。むしろ近づけば近づくほどこちらの位置を正確につかまれてしまう可能性が高いと思っていた。現にフェリクス公爵は俺たちがここにいることを知っていたのだから。
余計なことを考えるだけ無駄か。
「……分かった。一応はその案内を受ける。だけど怪しいと感じたらすぐに逃げ出すからな」
「はははっ、逃げ出す必要などないのだよ匠殿。もはやイグナート殿たち亡き後、君を倒せる魔族は魔王陛下以外いない。何も恐れる必要はないさ」
「…………」
俺はそうでも後ろにいる家族たちは違うんだがな。
だけど、フェリクス公爵の主張にも一理ある……か。
「みんな、俺はフェリクス公爵についていこうと思う。それでいいよな?」
「非戦闘要員の安全は保障しよう。もとより魔王陛下よりそのように伝えるよう命令されている」
フェリクス公爵の言葉が真実かどうかは分からないが、みんなは俺の問いに頷いてくれた。
「じゃあ、案内してくれ」
「しばらくの間、歩きながら話をしようではないか匠殿。私が死んだ後の向こうの世界のことを聞きたい」
「…………」
仲良く話をする気はないんだけどな。
まあ、情報を引き出すという意味では会話が必要か。
こうして俺は、フェリクス公爵の案内を受けることとなった。
ここからが魔王編となります。
エピローグを除き最後の区分になります。




