御影の死体
俺……下条匠はその地を訪れていた。
「み……御影君」
この世界に戻り、そして多くのクラスの女子たちと再会した俺。
多くの事件があったけど、中でも御影君との出会いは衝撃だった。
異世界に行ったことのある御影君は、俺たちと一時行動を共にしていた。しかしスキルによって裏切りが発覚してしまい、別れて行動することになってしまったのだ。
もう二度と会うことはない。そう思ってはいたのだが、思いがけこんなところで再会してしまうなんて……。
ここはいわゆる繁華街に近い場所だ。周囲にホテルもあるから、おそらく御影君はここで過ごしていたんだと思う。
だけどその件について御影君を問いただすことはできない。
なぜなら彼は、今、俺の目の前で死んでいるからだ。
黒々とした全身は、おそらく血が凝固した結果だろう。あまりにも凄惨な光景だから、ここには乃蒼や陽菜乃を連れて来てはいない。大して親しくはなかったが、非業の死を遂げた知り合いという者は心に突き刺せるからな。
「加藤から話を聞いていたが、まさか……こんなことになっていたとはな」
俺は背後にいるつぐみにそう話しかけた。
そう、すべては加藤から聞いた話だ。
エドワードと『リンカ』を捕えた加藤は、ホテルで俺を待ち構えていた。だがスキルも聖剣も持つ俺にとって奴は倒せない相手ではなかった。
俺は奇襲でなんとか加藤を倒し、エドワードとリンカを救出した。
その戦いの中で、御影君の話を聞いたのだ。
バッジを奪おうとしてみじめに死んでしまった彼の末路を、加藤は武勇伝のように喜々として語っていた。
御影君は魔族に殺される可能性がある、とは思っていたけど、まさか加藤にやられてしまうなんてな……。
「すまない匠。私が余計なことを言わなければ、御影君は死ななかったかもしれない」
つぐみがそう謝罪していた。
「いいや、つぐみは悪くない。御影君が俺たちを裏切っていたのは事実なんだから。でも、さ。俺たちのところにいたら死ななかったかもしれないと思うと、なんだかさ、自業自得って言い切るには……やるせないなぁって思って」
「匠は悪くない。私も、御影君も。すべての元凶は、世界をこんな風にしてしまった魔族そのものなのだから」
「そうだな。早くこの戦いを終わらせよう」
魔族三巨頭。
加藤達也。
大きな敵を倒した俺たちにとって、残された脅威はそう多くない。
「匠」
そう言って鈴菜が俺に差し出したのは、春樹との連絡用に使っていた無線機だった。
俺はすぐにそれを受け取った。
「春樹か」
〝加藤を倒して二人を救出した。と報告を受けたのだが本当かね?〟
「ああ、鈴菜から聞いたのか?」
〝情報源は明かせないが、そう報告を受けている。それはそうとしばらく話をしたい。もし今急いでいるのなら、話はあとにするが〟
「いや、今は時間がある。大丈夫だ」
この言葉。
やはり俺は監視されているらしいな。それが衛星なのか、戦闘機なのか、それとも遠くから双眼鏡か何かで見られているのかは分からないが、あまりいい気はしない。
だけどそれはアメリカや日本の行動であって、春樹が直接悪いわけじゃない。
〝尻拭いをさせてしまったようですまない。俺がもっと慎重に行動していれば……事態はここまでややこしくなっていなかったかもしれない。世界が平和になったらぜひお詫びをさせてくれ。君に、そして君の子供たちに可能な限り……〟
「そんなに気負う必要はないぞ? 適当でいいからな」
〝……さて、ここからが本題だ〟
どうやら、話はまだ終わっていないらしい。
〝迷宮宰相ゲオルクの件はもう心配しなくていい〟
「ゲオルクって、アメリカの?」
俺……春樹にその話をしたか? なんで急にそんな話を?
〝すでにアメリカに食いこんだ迷宮宰相は、CIAによって排除された。君は魔王のことにだけ集中してくれればいい〟
「よくそんなことができたな。あいつ、あの国ではかなり偉くなってたんだろう?」
〝もともと対日外交を始め様々な違和感のある人物だった。〈ファーデン〉、〈肉人形〉と呼ばれる魔族の魔法も、すでに存在を証明されている。アメリカ側を納得させるのには骨が折れたがね。奴はCIAに殺されたよ〟
「そうだったのか……」
俺がいないところでそんな戦いが……。
〝だから改めて問わねばならない。匠、こんなことを聞くのは失礼かもしれないが、君に……魔王が倒せるのか?〟
「……倒せるか倒せないのかの問題じゃない。誰かがやらなきゃならない戦いだろ? だったら俺がやるしかない。それが異世界で勇者だった俺の使命、だろ?」
〝…………君が魔王を倒してくれるのがこの国にとって最も望ましい展開だ。それがなければ核を落とすだの爆撃するだの、恐ろしい傷跡を残す結果になるだろう〟
「…………」
確かに、現代兵器の強大な力を使えば魔王を倒すことができるかもしれない。
でも、あくまでそれは可能性の話だ。
そして倒せたとしても、倒せなかったとしても、爆発の爪痕でこの関東地方は終わってしまう。
〝匠、俺は一人の友人として君のことを心配している。もし本当に無理だと思ったらすぐに逃げてくれていい。そして後のことは国に任せてくれてもいい。俺が責任をもってそう報告しよう〟
「……ああ、もしもの時は、な」
子供たちの件もあるから、死んでも倒すなんてことは言えない。
でも魔王は異世界へと渡る方法を編み出しているんだ。たとえ俺が異世界に帰ったとしても、また戻ってこないとも限らない。
だから、最後の戦いを始めよう。
ここでやり直し編は終わりです。




