御影新のやり直し⑰
繁華街、ホテル前の道路にて。
加藤君と僕との再会。
最強スキルを取り戻すための最後にして最大のチャンス。僕はとうとう加藤君にバッジを貸してほしいとお願いした。
しかし加藤君はその代償として、溝のミミズを食べるように要求してきた。
信じられないことだった。
「…………」
僕に漏らすことを強要したあの悪人たちと同じだ。
さすがあいつらの親玉というだけあって、考え方が同じっていうのは反吐がでるね。お腹を壊すとか体に悪いとかそんなレベルじゃない、生理的嫌悪感は吐き気を催してしまうレベルだ。想像することすら汚らわしい。
でも……。
この泥の付いたミミズを生で食べるだなんて、どう見ても理不尽でありえない行動だ。でもそれだけの決意と勇気を見せたら、さすがの加藤君にも心に響くものがあるかもしれない。僕の行動に感心して、バッジを貸してくれる可能性も……。
もちろん、加藤君は悪人だから素直にスキルを使わせてくれないかもしれない。僕が汚物を食べるところを見て、腹を抱えて笑うだけかもしれない。そんなことは十分に分かっている。
だけど加藤君は、間違いなく僕がこれを食べられないと思っている。その意表をついて僕がこのミミズを食べる。その行動の生むインパクトは……素直に頭を下げるよりも何倍も何十倍も効果的だ。
試してみる価値は……十分にあった。
「……う」
僕は唇を噛みしめ、震えを噛み殺した。
やる。
僕はやる。
栄光の未来を取り戻すため、すべてを捨てろ。自分は獣か何かだと思うんだ。毎日殴られて、蹴られて、みじめだったあの頃に比べれば、大したことじゃない。
僕は強い!
心だって、誰にも負けないんだ!
僕は道路に置かれたままになっていたミミズを掴み上げ、そっと口の中に流し込んだ。
「……は?」
加藤君にも十分確認できるように、口の中を見せるように咀嚼する。
う……ううううう……うううう
駄目だ!
味わうな! 匂うな! 感じるな!
えずく衝動を必死にこらえて、僕はそれを……飲み込んだ。
「お……おいおい、正気かよ新ちゃん」
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
大した運動もしていないのに、僕は息が荒くなっていた。体中から汗が止まらない。
いままでこんなおぞましく汚い行為をしたことが……なかったからだった。
「僕は……ここで地獄を見てきた」
今の僕なら、なんでも言える。加藤君を怖がって、怯えて、そしていじめられていた時とは違う。
たとえスキルがなくても、今、この時だけは。
僕は精神的に加藤君に勝っていた。
「力のないものは虐げられ、みじめに死ぬ。そうでしょ? 僕は勝者を掴むために、すべてを犠牲にする覚悟があった。それだけの話だよ!」
「へ……へへへへへへ」
加藤君が、笑った。
それは決して、悪い意味の笑いではない。むしろ機嫌が良く、本当の意味で嬉しがっている様子だった。
「こいつは予想外だったなぁおい、まさか俺に殴られて泣いてるだけの無能が、こうも勇気を見せるとは……」
「…………」
「いいぜ」
「……え?」
「貸してやるよ。お前のスキルを俺に見せてみろ。そうだな、試しに下条匠がどこにいるのか確認してみろ」
そう言って、加藤君は僕にバッジを差し出した。
それはまぎれもなく、スキルを使うのに必要な例のアイテムで。僕が望んでやまなかった展開だった。
「あ、ありがとう加藤君!」
僕は嬉しくて涙をこらえることができなかった。
この間の下条君の時みたいに、今、ここに余計なお邪魔虫はいない。加藤君がくれると言ったら、それは間違いなく真実だ。
ふふ……。
ふふふふふ……。
ふふふふふ……。
あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ!
馬鹿な加藤君!
僕の本当のスキルを知らないで、本当に愚かで思い上がりも甚だしい。お前が最強だって思っているそのスキルは、僕にとって子供のお絵描き程度の能力でしかない。
本当の最強を、今、見せててやるよ! 加藤達也!
僕は加藤君からバッジを受け取った。
「加藤君、ありがとう。そして……さよなら」
「は?」
「〈時間操作〉、起動っ!」
即座にスキルを発動し、加藤君の時間を早める。
たったそれだけで、加藤君は干からびたミイラのようになり……死んだ。
僕は加藤君を殺した。




