御影新のやり直し⑭
夜の教室にて。
何者かに組み伏せられた僕は、地面に倒れこみながら頭を上げることしかできない。
目線の先に、こちらを鋭い視線で睨みつける赤岩さんがいた。
「な、なにをするんだ! 僕は……」
「…………」
僕の言葉など、何も聞く気はないらしい。
「つぐみ、一体どうしたんだ? 俺にも何がなんだか分からない」
どうやらこの件は下条匠も預かり知らなかったようだ。そもそも彼がそれっぽい態度を示していたら、僕はスキルの話を切り出したりはしなかった。
「前にも話したが、御影君は少し怪しい。そんな彼にスキルの力を与えるのはどうかと思ってね」
「で、でも、御影君のスキルがあればミカエラが見つけられるかもしれないんだ。俺たち家族が全員揃うチャンスなんだぞ? それに御影君は俺たちと合流してたとき、あんなひどい目にあってたんだ。俺たちの敵だなんて……そんな……」
「もちろん私もそれを理解している。だから匠はこうしてくれ」
どうするつもりかな?
「匠のスキルーー〈操心術〉を使って御影君を操るんだ」
……え?
「命令は、そうだな……。『今から俺の言うことに正直に答えろ』とでもいえばいいか。匠のスキルで質問するんだ。質問内容は匠が考えてくれていい。私が疑っていること、匠が怪しいと思っていること。二、三質問すれば十分だろう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! スキルで心を操るなんて、そんな不気味なことはいそうですかって同意できるわけないよ! 僕は何も嘘をついていないっ! 本当だよ!」
「申し訳ないが御影君、君の意見は聞いていない。月夜、そのまま抑えてくれ」
僕は必死に暴れてこの状況を抜け出そうとしていたが、どうしても抵抗しきれなかった。
日隠月夜さん?
僕よりも小柄なあの女の子に押さえつけられているだなんて、信じられなかった。何かの武術を習っていたのかな?
「御影君、すまない。少し、ほんの少しだけ質問させてもらうよ。大丈夫、君のプライバシーにかかわるような下種な質問はしたりしないから。俺は御影君のことを信じてるからね」
う……まずい。下条匠までその気になってしまった。
証拠を掴まれなければ大丈夫だと思っていた。油断してたわけじゃない。僕は少なくとも、今、このタイミングまではおとなしくしていた。この地に残っていたことは不自然だったかもしれないけど、それ以外のことでは従順に過ごしてきたはずなんだ。
この女は何も証拠を持っていない。それどころか僕が敵だと確信しているわけでもないんだ。
少し疑わしい。怪しい。その程度の理解で僕の正体を暴こうとしている。
これが異世界で大統領を務めていたこの女の力か。貴族さんたちから何度も愚痴を聞かされたことを思い出す。
死刑と拷問とか、他人事ではないこの状況。夢が潰えようとしていることを嘆くべきなのか。
僕は……どうすれば……。
下条君が懐から例のバッジを取り出した。これは僕たちがスキルを使うために必要なアイテムだ。
下条君のスキルが発動する。
「御影君、今から俺の質問に正直に答えてくれ」
ずん、と体が重くなったような気がした。
それは僕の気のせいだったかもしれない。でも、確かに言葉にできないようなプレッシャーを感じる。
「御影君は……俺たちの敵か?」
そして、とうとう下条君が僕にその質問をした。
……してしまった。
「うん」
あ……。
僕の強い意志をもってしても、下条匠をスキルに抗うことはできなかった。
下条匠が体をびくんと震わせた。
赤岩さんが目を細めた。
日隠さんは冷静に僕の体を押さえつけたまま。
大丸さんは傍観者のままだった。
「そ……そんな、御影君。君は本当に……敵なのか?」
「そうだよ」
またしても、僕は陽気にそんな返事をしてしまっていた。内心ではこれほど憤っているというのに……。
下条君がショックを受けている。
……くそ、ショックで泣きそうになってるのは僕だよ。どうしてこんなことになってしまったんだ? これ以上余計なことを話してしまったら、僕は異世界の貴族みたいに赤岩さんに処刑されてしまうかもしれない。前の世界ではそれだけのことをしてきたのだから。
どうすれば……。
「ゆ、許してくださいっ!」
先手必勝。
僕は叫んだ。
「実は加藤君に脅されて君たちの情報を流してた。ここに魔物がやってきたりしたのも全部僕のせいなんだ。本当はやりたくなかったんだけど、脅されてて殺すなんて言われて。ごめん、本当に許してほしい!」
「御影君、加藤にそんなことを……」
よし、下条君が信じたぞ!
あとは適当に言い訳を重ねてこの状況を抜け出せば……。
「……待て匠、納得するのはまだ早い」
う……ぐ……。
また、この女……。
「御影君にこう質問するんだ。『君は加藤君に脅されていたのか?』とな」
あ……。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
「ちょ、ちょっと待ってよ! もう嘘なんてついてないよっ! 僕は……僕は……」
「御影君、すまない。今の君は……俺も少し信用できなくなってきた。濡れ衣だったら謝るけど……質問させてもらう」
もう、駄目だ。
何もかも疑われている。
質問すれば正しいことを答えてしまうのに、嘘なんて……つけるわけがなかった。
「御影君、君は加藤君に脅されているのか?」




